ヘッドホンで音楽を聴いている。
いま、『MINT JAMS』のサークル部屋には、
・おれ
・ムラサキ
・茶々乃さん
の3人しかいない。
星崎も八木も来ていない。
星崎も八木も来ていないことで、すこぶる快適だ。
本棚から『snoozer(スヌーザー)』のバックナンバーを抜き取る。
ヘッドホンを外し、ムラサキと茶々乃さんの会話をBGMにしながら、snoozerをペラペラめくる。
「ムラサキくん、酔っ払った蜜柑さんに、絡まれちゃったんだって?」
「……うん」
「『わたしがアナタのおねえさんですよ~』とか、言われちゃったらしいじゃん」
「エエッ茶々乃さんがどうしてそれを」
「姫ちゃんが一部始終教えてくれた」
「ああ、星崎さんか……」
「無抵抗だったんだってね、ムラサキくん」
「抵抗する余裕なんてなくて」
「……」
「なっなに」
「蜜柑さんにスキンシップされた感じ……どうだった?」
「どうだったと言われてもっ――」
「やわらかかった?」
「どどどうして昼間っからそういうこと訊くのっ」
「――いいじゃん。昼間とか関係なし」
「TPO、TPO」
「ムラサキくーん」
「え…」
「わたしたち――大学生なんだよ?」
「でも、TPO」
「だからっ、大学生なんだからっ!」
「…なんで軽くキレ気味なの」
「蜜柑さん、いいカラダしてるもんね!」
「その意味深な口ぶりは…なに??」
「女のわたしでもあこがれる」
「そ、そうですか…」
「女のわたしでも…なんだけど、」
「?」
「ムラサキくん、男子とは思えないほど、かわいらしいところあるし」
「……いったいなにをおっしゃりたいの」
「ふふっ」
「茶々乃さんっ……」
「……つまりね。
蜜柑さんのカラダと……親和性高い、って思ったってこと」
「!?!?」
「わたしから飛び退(の)かなくったっていいじゃん」
「…………」
「どーしたの」
「茶々乃さん、きみは……案外、からかい好(ず)きなんだな」
「そうかなー?」
「星崎さんの遺伝子が、宿ってるみたいな…」
「またまたあ。遺伝子とか、大げさすぎ!」
――きょうは飛ばしてんな、茶々乃さん。
「…蜜柑さんのカラダがどうとか、やっぱり場にふさわしくないよ。音楽サークルらしい話がしたいよ」
「だね。ふさわしくなかったかもね」
「…あっさり認めるね」
「健全なブログでありたいと思ってるし――」
「茶々乃さん!? ぶっ、ブログって、いったい」
「――脱線の妙」
「わ、わけがわからないよ」
「わからなくてもいいよ」
「そんな」
「――音楽サークルらしいこと、ムラサキくんはやりたいんだよね?」
「そっそう、やりたい、やりたい」
「なんでそんな慌てた口調で言うの」
「茶々乃さんのペースについていくのが…厳しくって」
「あー、それはごめん」
「でも…ついていくけど。
…そうだっ。
雑誌を読もうよ。音楽雑誌。
ほらっ。ここにある、『開放弦』のバックナンバーだとか……」
「……ふたりで読むの?
ひとつの雑誌を、ふたりで一緒に読むってこと??」
「え、だめ??」
「――変なところで積極的なんだね、ムラサキくんは」
「積極的って――」
「そんなに、わたしと、隣同士でいたいわけ? 雑誌ふたりで読むってことは、必然的にカラダ近づけないといけなくなるじゃん」
「ん……」
「プライベートゾーン、とか、あたまになかったみたいだね」
「馴れ馴れしかったかなあ……ぼく」
「――いいよ」
「え?! いいよ、って――」
「一緒に雑誌、読んでもいいよ。隣同士で、読んでもいいよ」
「茶々乃さん――!!」
「馴れ馴れしく、してあげる、わたしも」
「あ、ありがとう」
「ムラサキくん。わたしが馴れ馴れしくしてあげるのは、夏休みまでに、あと3回だけだよっ?」
「それ――きょうも、含めて?」
「――含めないよ。」
× × ×
「ムラサキってやつが、おれのサークルにいてな」
「とっくに知ってるわよー。かわいいんでしょ?」
「男子なんだけどな……声がボーイソプラノみたいで、身長もおまえとどっこいどっこいなんだ」
「そういう男の子だっているでしょ」
「だよな……いるんだよな」
「わたしの勝手な推測では――」
「ん?」
「ムラサキくんは――女子の押しに弱いタイプ」
「――なんで、愛はそんなにカンが鋭いかな」
「当てずっぽうに近かったんだけど」
「会ったこともない男子のことを、よくもまあ」
「えへへっ」
「――そうだ」
「え、どしたの? アツマくん」
「愛、おまえ、『スイマーズ』の今月号、読んだか?」
「あ、まだ手をつけてない」
「じゃあ、一緒に読むか」
「……一緒に?」
「一緒に読んだら都合悪いか?」
「だっ、だって、いつもは別々に読んでるじゃない、『スイマーズ』」
「一緒でだっていいだろ。たまには」
「どこで……読むの? ここで?」
「リビングじゃ、だめか?」
「わたしか、アツマくんの部屋のほうが……」
「おれはリビングがいいな」
「どうして」
「テーブルが広いし。広いテーブルのほうが、雑誌も見やすいだろ」
「……そうかしら?」
「ずいぶんためらってんな。隣同士で読むのがイヤか」
「そんなこと、ないないっ。むしろアツマくんの隣がいいっ」
「隣がいいのなら、ためらう理由なんてないと思うが」
「リビングって場所が、問題なのよっ。たとえば、もし、あすかちゃんが通りがかって、一緒に読んでるところを、目撃されたりしたら――」
「――そのときは、こうするんだよ。
あすかにも『スイマーズ』を読ませるんだ。3人一緒に『スイマーズ』を読むんだよ」
「――、
通りがかるかもしれないのは、あすかちゃんだけじゃないでしょ? ほらっ、利比古だって――」
「そのときは利比古にも読ませるんだよ」
「……どういう理屈」
「ふたりで読むのもいいけど、ふたりより3人、3人より4人で読んだほうが、もっと楽しかろう」
「……」
「ふたり『だけ』がよかったんか? そんなに」
「……フクザツ。」
「おぉ」
「『おぉ』ってなによ、『おぉ』って。
……リビングで読むんだったら。
できるだけ、バレないように……読もうよ」
「や、バレないような読みかたって、なんじゃそりゃ」
「……」
「袋小路、って顔だな」
「……わたしもアツマくんも、ずいぶんおかしなことを口走ってるみたいになってるけど」
「かなぁ?」
「…ひとつだけ」
「なに」
「アツマくん……、『独占欲』ってことば、わかる?」
「――なんとなく」
「なんとなく、じゃ……少し、困るかな」
「なぜ、顔を赤くするか」
「うるさいわねぇ……」
「いらつくなよ」
「あああもうっっ!! 無駄口叩いてたら、いつまでたっても『スイマーズ』が読めないじゃないの!! 早く持ってきてよ!! 『スイマーズ』」
愛は、茶々乃さんと同学年なわけだが――、
茶々乃さんとは比べ物にならないぐらい、気性が激しい。
女子にもいろいろなタイプがあることが――だいぶ、わかってきた。