テレビ欄を作成しながら、日高ヒナが、
「会津くん、『アタック25』が終わっちゃうんだって」
「『アタック25』? …ああ、クイズ番組か」
「ショックじゃない??」
「…と、言われても」
「あたしはけっこうショックだよ」
「ふぅん」
「日曜のお昼に観る番組がなくなっちゃうじゃん」
「日曜の昼にテレビなんかつけないからなぁ」
「そんなもんなの?」
「ボクはそうだけど」
「……人それぞれなんだね」
日高は小さなため息をつく。
それから、気を取り直すようにして、番組表を作成しているPCの画面に集中する。
「あ、そうだ」
おもむろに手を止めたかと思うと、すっく、と立ち上がり、
「会津くん、アメちゃんあげるよ」
と、ボクの席の机の上に、アメちゃん――つまり、キャンディを、何個か置いてくる。
「これは、なに」
「え、アメちゃん以外のなにものでもないでしょ」
「それはそうだけど、ボクに、どうして――」
「差し入れ……というよりも、プレゼント、かな」
「プレゼント?」
「ほらほら……。先週、ビスケットでいがみ合いになったぶんの、お詫びも込めて」
ああ……。
先週の、『ビスケット事件』か。
日高が持ち込んだビスケットをめぐって、ボクが不用意なことを言い、日高を怒らせてしまった。
あのイザコザを――いまになっても、日高は気にしていたんだな。
「ビスケットのことは、ボクも悪かったし」
「あたしだって悪かったでしょっ」
そう言われて、迫られるのも……少し困ってしまうが、
ボクと至近距離の日高は、
「あのことは、もう、チャラで」
「だから…キャンディを?」
「そう。アメちゃんで、ビスケットを『上書き』」
「なんだそれ」
キャンディで、ビスケットのことを『上書き』するとか、
日高のロジックは、若干どころでなく、わからない。
まあ……いいだろう。
引きずってもしょうがないことだ。
「まあ、キャンディは、ありがたくもらっておくよ」
そう言ったのだが、
日高は、なぜか、うつむき気味に、恥ずかしがりみたいな挙動になって、
「こんどは――会津くんのほうから、なにかあたしにくれたら、うれしいな、って」
なんでそんなに挙動がモジモジになっているのか、わかりかねるが、
「――考えておくよ」
とりあえず、そう伝えておく。
× × ×
「会津くんは取り乱さないね」
座っている席の後ろから、水谷ソラが言ってきた。
「冷静で、平静。いつも」
「……それで、なにか、不都合でも」
「不都合がある、とか言うわけないじゃん」
「だったら――」
「むしろ、ホメてるんだけど」
ふぅん。
「水谷がボクをホメてくるなんて、珍しいな」
「欲を言えば、」
「欲?」
「女の子には――、もうちょっと、優しくしてほしいかな、とは、思ってる」
日高はいま、活動教室にはいない。
「さっきの、日高とのやり取りのことか?」
「それも含めて」
さっきまで日高が座っていた席に水谷は座り、
「――キャンディ舐めないの、会津くん、せっかくヒナちゃんにもらったキャンディ」
「あとで舐めるよ」
「とっておくんだ、キャンディ」
からかいにも似た笑いで、
「もったいないから?」
「もったいない……とかではない。単に、なんとなく、だ」
「『なんとなく』って言って、妥協しちゃうなんて、会津くんにしては珍しいね」
余計なお世話だ……ということばを、のみ込む。
「……水谷はヒマなのか。取材に出ないのか」
「会津くんこそ」
「ボクは、これから、戸部先輩と野球部に行く予定なんだ。
…そうですよね? 戸部先輩」
白板(はくばん)の前に立っている戸部先輩が、微笑みを返す。
そして、
「野球部楽しみ? 会津くん」と、
戸部先輩のほうから、ボクに向かって言ってくる。
素直に、
「ハイ、楽しみです」
と答える。
そんなボクに対し、水谷は、流し目で、
「剣道部は……いいの?」
「……ボクはそんなに剣道部キャラか?」
「剣道部行くこと多いじゃん」
「きょうは違う」
「なーんだ。ちょっとガッカリ」
「なぜだ」
「わたしね、ヘンな妄想しちゃってて、」
苦笑しながら、
「……そのうち、会津くんが、『カラダを張った取材』をするんじゃないかって。そんなふうになったら、面白いよねって」
「『カラダを張った取材』、だって??
……もしや、ボクが剣道着着て、防具装着して、剣道の試合を体験するとか――そういうのを期待してるのか、水谷は!?」
「そうだよ。会津くんが言うとおりのこと、考えてるの」
「……」
「会津くんが、竹刀で、メッタ打ちにされたり」
「悪趣味な」
「悪趣味なほど面白いんじゃん」
「こっちは痛い思いするだけだろ」
「でも、取材力アップするよ? からだ張って、体験するんだから」
「身をもって、剣道を知れ、と……」
「そうそう」
「サディスティックな」
「かもね。サドかもね」
「水谷のそういうところ……『玉にキズ』だと思ってしまうよ」
「だれだって、玉にキズはあるじゃない」
水谷が言うことも正論なので、ボクは無言になる。
水谷のペースになっているのが、悔しかったりする。
× × ×
「水谷にやり込められてしまいました」
野球部取材への道中。
戸部先輩に、思わず漏らしたことば。
そのことばをうけて、彼女は、
「悔しかったりするの? ソラちゃんに負けちゃったー、とか」
「勝ち負けとは、ズレるんですけど……正直、悔しさはあります」
「だったら、その悔しさをバネにしないと」
「はい……」
「バネにして、もっともっと、ソラちゃんと張り合ってよ」
「張り合う、ですか?」
「張り合えば、張り合うほど、会津くんとソラちゃん――いい『コンビ』に、なっていくと思う」
「コンビを組むつもりなんか――」
「ないです、っていうのは、折り込みずみ」
「――できるだけ、友好的に、とは、思っていますけど」
「ソラちゃんだけじゃなくて、ヒナちゃんとも、だよね」
「はい。1年女子ふたりとは、できるかぎり、折り合いを」
「……偉いねえ」
「最近、反発し合ったり、ビスケットだとか…些細なことで大(おお)モメになったりで、折り合いを欠いていますから」
「……大人だな」
「そうでしょうか……?」
「会津くんは、まだ15歳?」
「はい。そうです」
「すごいなあ」
「なにがですか」
「15歳とは思えない」
「年齢の問題なんでしょうか……」
「まあ、年齢強調するのもなんだかなあ、だけれど」
さっ、と身をひるがえして、ボクのほうに視線を送って、
「将来有望なのは――間違いないから。」
突然に、
『将来有望』のお墨付きをされて、
戸惑い、返すことばが浮かんでこない。
「――戸惑っちゃった?」
優しい声で、先輩が言う。
「ゴメン。でも、『将来有望』って言ったのは、おぼえといてよ」
「先輩……」
「言うタイミング、難しくって。だけど、早めに言っときたかったから」
「……将来有望、なのは、日高と水谷も…あのふたりも、そうでしょう」
「もちろん!」
いまの彼女が、いまの戸部先輩が――、
いつもよりも、もっと、先輩らしく、見える。
いつもの先輩以上に――先輩だ。
「…野球部に着いちゃったね。しゃべり足りないうちに。
オリックスが最近強い! とか、プロ野球トークもしたかったんだけどな」
『将来有望』発言に加え、プロ野球語りまでも。
ほんとうにしゃべり足りなかったみたいだ、戸部先輩は。
「――欲張りなんですね」
「わたしは欲張りだよ。きょうはとくに、話の材料が多く集まってたから」
「『アタック25』が終了するのも……話の材料、でしたか?」
「よくわかったね会津くん。カンがいい」
「……将来有望ですから。」
「ほほお。言うじゃないのっ」
戸部あすか先輩。
ボクたちの、リーダー。
この人についていけば……間違いはない、と、
あらためて、思わされる。
そんな放課後だった。