眼の前に広がるのは、『声出し』の風景。
――すごい。
壮観。
圧巻だ。
「…もうほとんど、運動部だね」
「そうですね…やはりというか、演劇部、体育会系です」
板東さんとぼくは、練習風景を目の当たりにしながら、こんなことばを交わし合う。
「ただ単純に『体育会系』だと思われるだけじゃ、困るんだけどな」
そう背後から声をかけてきたのは、
彌生(やよい)えみりさん。
もちろん、演劇部の部員で、
KHKが制作するテレビドラマの――脚本を書いてくれたひとだ。
「ま、からだを大いに動かすんで、体育会的な側面もあることは別段否定しない」
「すみません……素人で、演劇のこととか、なんにも知らないんで」
恐縮してぼくが言うと、
「素人のわりには――わたしの脚本に突っかかってきたよね」
と彼女が笑って言う。
「あの、ほんと、すみません。もしかしたら、気を悪くしたんじゃないかとも思ってて」
「羽田くん」
「…はい」
「きみの、異議申し立ては――よかったよ」
「よかったよ、とは…」
「…てっきり、わたし、そっちは、1回で脚本を『通す』かと思ってたし」
「……」
「でも、そうじゃなかった。
『直してください』って言われたのは、かえって、『あー、本気でやってるんだな』って思うことができて、よかった。
会長の板東氏からじゃなくって、羽田くん、最初に異議を唱えたのは、2年生のきみだったんだよね?」
「……そうです。」
「――KHKも、そういう下級生がいるってことは、頼もしいよね」
「……そうでしょうか。」
……このやり取りを聴いているのかいないのか、はっきりしないが、
板東さんは、演劇部の練習風景に見入っている。
「ウチは、なかなか、活きのいい後輩が出てこなくって、難儀だよ」
「こんなにいっぱい部員がいるのに、ですか?」
「どいつもこいつも、なっとらん。…たるんどる」
「…厳しいですね」
「じぶんで動こうとしないんだもんね。未熟者の集まりよ。
…羽田くんみたいな気概(きがい)のあるヤツは、いないね」
体育会系なことを、裏付けするような、おことば。
それにしても、
「ずいぶんと、彌生(やよい)先輩は、ぼくを立てるんですね…」
するとすかさず、
「苗字で呼ばないで」と彼女。
「えっ?」
「苗字じゃなくって、名前で。『えみり』、でいいから」
「じゃあ……えみり先輩」
「『えみり先輩』も、なんだかなあ。そんな長めの呼びかた、まどろっこしいから――、『えみりさん』でいいよ」
「では……えみりさん、と呼ばせてもらいます」
彼女は思わず笑い、
「きみは、素直だねえ」
「……えみりさんが、『えみりさんと呼んで』と言ったので、そうしたまでです」
「それを素直って言うんだよ」
「……」
少しの、沈黙。
――やがて、彼女のほうから、おもむろに、
「『増やしてください』じゃなくって、『削ってください』って言ってくるんだもんなぁ」
「えっ!? ……あ、ああ、脚本の、修正案のことですか」
「そ。
――浮(うわ)ついたラブコメ的な描写が、気に食わなかったんだ? 羽田くん」
「あそこは――正直、余計だと思いまして。
削ったほうが、スッキリするので――作品全体のことを、考えても」
「スッキリ、か。
やっぱり、きみは、『デキた』2年生だな」
「『デキた』、とは?」
「下級生のわりに――人間が出来てる、ってことよ。しっかりしてるよね」
「……本心ですか?」
「あちゃーっ、あんまりわたしがホメるから、疑った?」
ううっ……。
「ビミョーな顔つきはやめてよ、羽田くん。
あのね。
高校3年生と高校2年生の違いって、すっごく大きいから。
学年がひとつ下なだけで、『なんでこんなに幼いんだろ…』って、苛立たしくなったりもする」
「下級生が……コドモに見えると?」
「ずばり。
ずばりだよ羽田くん。
高校生にとって、『一年』の違いって、果てしなく大きいんだなって、つねづね――」
「――それを、高校生のえみりさんが言いますか」
思わずツッコんでいってしまった。
えみりさんは――気を悪くするどころか、アハハ、と笑い始めて、
「羽田くん、やっぱり、高2らしくない成熟っぷりだねぇ、きみは」
「な、なにを言うやら……。
べつに、オトナでもないです、ぼく。
コドモでも、ないですけれども。たぶん。」
「アハハハハっ」
「……爆笑しちゃいますか。」
「でも、ホント、高2らしからぬカッコよさがあると思うよ、きみには!」
「……どこまでおだてますか。」
「見た目もカッコいいよね」
「余計です」
「朝、下駄箱開けたら、ドサドサ『お手紙』が入ってたり、するんじゃないのぉ?」
「ありえませんよっ、マンガじゃあるまいし」
「たしかに。だけど、そうやって、チョッカイ出したくなっちゃうよ、きみみたいな男子には」
……翻弄され気味だ。
× × ×
「圧倒されるな~~、大規模な部活の、練習風景は。
演劇部は、桐原高校の、自慢だね」
「そう言ってくれてうれしいよ、板東氏。プライド持ってるからね、わたしらにしても」
「『チトセグミ』の密着ドキュメント作ってて、演劇部としてのプライドはひしひし感じてたよ、えみりちゃん」
「意識、高いからね、アイツらは」
「うん。高い高い」
そういうふうにして、えみりさんとやり取りしたあと、
板東さんは不意に、ぼくに振り向いてきて、
「どうよ? 羽田くん」
「え!? 『どうよ?』と言われましても」
「――この光景を目の当たりにして、どう思う?」
「練習風景を、ですか?」
「そう。――たとえばさ、ここにさ、黒柳くんを、ブチ込んでみたくならない!?」
「また、突拍子もない……」
「突拍子もなくないよぉ~、演劇部でビシビシしごいてもらって、黒柳くんの性根(しょうね)を叩き直すんだよ」
まったく。
板東さんはっ。
「――限度がありますよね」
「え、なに?? 限度??」
「――ですから、黒柳さんに対する厳しさの、限度ですよ!」
「えぇ~~」
「この際だから、ぼく、黒柳さんの肩を持たせてもらいますけど!
板東さんは、黒柳さんに、少しは優しくしてあげてください!!」
「……なんで、そんなに、お説教モード??」
「はっきり言って、つらく当たりすぎですよね!」
「黒柳くんに?」
「ほかにだれがいるってんですかっ」
「ひぇ」
「『ひぇ』じゃないですよっ!! ――むしろ、板東さんのほうが、演劇部に体験入部してみては!?」
「げげっ、無茶振り!?」
「――黒柳さんのぶんまで、ぼく、怒ってます」
「こわい、こわい」
「ったく……性根を叩き直すべきなのは、ぜったい……」
「キレてるキレてる、羽田くんがキレてる」
「……」
「……キレっぷりが、おもしろ~い」
「Shut Up!!!」
「うおおっ」