「黒柳くん、カラオケに行こうよ」
「えっ……カラオケ!?!?」
「カラオケ。1学期の打ち上げ。」
「そんな、唐突な」
「行くったら、行くのっ!」
「羽田くんは……」
「彼は当分演劇部から戻って来られないよ」
最終日の期末テストが午前中で終わり、
午後になって、テレビドラマの最後の撮影をした。
クランクアップってやつ?
撮影が終わったとたん、
出演してくれた演劇部の子たちが、にわかに羽田くんを取り囲み、
「羽田くん、演劇部で、お疲れさま回をしようよ」
と、彼を連行していく光景が見られた。
羽田くん…演劇部のあいだで、人気が出たみたい。
とくに、案の定というか…女子人気。
「演劇部のほうでチヤホヤされてるから、羽田くんは誘おうにも誘えない」
「って、ことは……」
「黒柳くん、ニブチン」
「にっニブチンとか、下品な」
「…どこが下品なの?」
ちょっとー、押し黙られちゃ困るんですよー。
「わたしと黒柳くん、ふたりカラオケに決まってんじゃんっ!」
「……それでいいの? ほんとうに。ぼく、カラオケのレパートリーなんて」
「黒柳くんはわたしにひとりカラオケをさせる気!?」
「板東さん……」
ニッコリとしてわたしは、
「――いてくれるだけで、いいんだよ」
× × ×
黒柳くんとふたりでいるところを、目撃され、誤解されても、もうどうでもいい。
気にしない。
カラオケルームに入るなり、1曲目をブチ込んで、やけっぱちにシャウトするように、熱唱する。
「連チャンでいい? 黒柳くん」
「え、連チャン??」
このニブチンがっ。
「わたしが連続で歌っていいかってこと!」
「ああ……構わないよ、ぜんぜん。ぼく、歌える曲とか、ほとんどないし。それになにより、音痴だからさ」
「ほんっとに、じぶんに自信ないのね」
即座に2曲目をブチ込みながら、
「損だよ」
そしてまた、大声で、歌う。
3曲目も。
4曲目も。
…絶叫するみたく歌ったせいで、さすがに疲れてきた。
ソファにドカッ、と座り、卓上のドリンクを一気に飲む。
「あ~~っ」
「板東さん、発散したいストレスでも……あったの」
「ないわけないじゃん」
「……勉強のこと?」
「期末テストも、模擬試験も、順調にわたしを――追い詰めてきてる」
「……」
「振るわない成績は――わたしの進路と関わっていて」
「進路……」
「受験がうまくいかないと、わたしの夢も遠ざかっていくし」
「夢?」
「……夢。」
「板東さんの、夢って――」
「――知りたい?」
「無理に、打ち明けなくても、いいけど……」
「バカ」
「!?」
「どっちつかずの態度。最低ッ」
マイクを強硬に差し出して、
「歌って」
「ぼくに……歌え、と!?」
「歌ってよ。
黒柳くんが歌わなかったら、歌うまで、延長料金無限に加算」
「それは…困る」
「わたしだって困る。お金が無限にあるわけじゃないし」
「…どうしても、ぼくに歌ってほしいんだね。ぼくの音痴が、聴きたいんだね」
「そのとーり」
「………わかったよ。」
慣れていない手つきで、彼は選曲用の端末を操作する。
Mr.Childrenの某曲のタイトルが、デカデカとモニターに映る。
× × ×
「――率直な感想、言うね?」
「どうぞ…」
「ド下手。悲惨なくらい、ド下手」
「…ありがとう、バッサリと言ってくれて」
「黒柳くんさあ、」
「?」
「あなた以外全員女の子で、カラオケに行く機会があったとする。
あなたの歌う番になる。
で、さっきのミスチルの曲を歌い始める――そのとき、どうなると思う?」
「ど、どうなるのかなぁ」
「女子はみんな、ドリンクバーに行くね」
「ええぇ……」
「黒柳くんなんかに、構ってられなくなる。あなたは見捨てられたも同然状態」
「そんなレベルで……ヒドかった? ぼくの歌唱力」
「単純な歌唱力以外にも、負の要素が、まとわりついてた」
「……そっか。」
「あきらめの顔ね」
「……そう、見えちゃう?」
「まだ、やり直しはきく。あきらめるには早すぎ。
――わたしが手本を見せてあげる。
さっきの曲は、こう歌うんだ、っていう」
同じ曲を選曲した。
こんどは、わたしが歌ってみる。
「――どう?」
「ぜんぜん違うや――板東さん、歌が上手かったんだね」
「気づくの遅すぎるよっ、黒柳くんは、わたしのなにを見てきたの!?」
「なにを見てきたの……と言われても」
「わたし……黒柳くんのそーゆーところ、大ッッ嫌い」
マイクの電源は、入ったまま。
「わからずや!!」
叫びは、ハウリングし、
部屋の外まで――たぶん、響き渡っている。
「大大大っきらい、あなたなんか」
部屋の外にいる人間からしたら――99%、痴話喧嘩だ。
じぶんでも、制御できないくらいキレてて、
怒りを通り越して、涙が出てきそうになる。
こみ上げてくるものを、精一杯に堪(こら)えて。
「ごめん。
ムシャクシャして言った。
言い過ぎだった。
あとで、反省する。
…ごめん」
唖然とする黒柳くん。
彼に――視線をなかなか合わせられず、
それでも、懸命に、向き合おうとして、
「せっかく、歌ってくれたんだから――わたしの無茶振りに応えて。
ありがとう、って、本来は、言わなきゃなのに。
ダメなのは、バカなのは――わたしのほうだった」
転がすようにマイクを置き、
「お詫びを、しないとね」
精一杯に、彼の眼を見て話すよう、努力して、
「どうやったら……償(つぐな)えるかな?」
彼は困惑しきり状態。
「将来の夢……教えてあげよっか」
勢いで、言った。
勢いで、言ったんだけど、
わたしからも、なかなか夢を言い出さないのは、なんだかフェアじゃない、と思って。
優柔不断に優柔不断を重ねまくる彼だけど、
わたしだって――迷ってばかり、迷いの真っただ中。
迷う気持ちを表に出せないわたしのほうが、
たぶん、きっと――弱いんだ。
「――アナウンサーになりたいの」
ついに、言った。
とうとう。
家族にも、
尊敬するセンパイにも、
言ってなかったこと。
まさか――黒柳くんに打ち明けるのが、初めてだなんてね。
人の夢って、
不思議。