放課後。
旧校舎。
【第2放送室】。
『最近、手持ち無沙汰だなぁ。過去のKHK制作番組を観たり聴いたりして、今後の参考にしようか……』
とか思っていたら、
「ハイ、注目!」
――と、突然、板東さんが、立ち上がり、絶叫した。
「とくに羽田くんは、注目」
えっ、
ぼくが……ですか。
「こっち向いてよ」
「向いてますよ」
「もっと向いてよ」
「こ、これ以上、向けませんよぉ」
不可解なほどの、板東さんの無茶振り。
その無茶振りをこらえつつ、彼女と、真正面に向かい合う。
「羽田くん」
「……」
「なかなかいい顔だね。肝が据わってるって感じ」
「べつに、肝が据わってなんか……」
「あのね」
「……はい」
「羽田くんにだけ……秘密にしてたことがあるの」
「ぼく『にだけ』ってことは……黒柳さんは、知っていて」
「というか、黒柳くんといっしょに、秘密にしてた」
「…?」
「だよね? 黒柳くん」
板東さんのほど近く、ミキサーの手前の椅子に座っている黒柳さんが、小さく笑いながらうなずく。
「なんで、黒柳さんまで」
「ごめんよ、羽田くん。板東さんとの、約束だったんだ」
「いったい、秘密って? ――ふたりだけで、番組作っていたとか」
黒柳さんは図星みたいな顔になって、
「……す、するどすぎるぐらいするどいね、羽田くんは」
「そーなの。ふたりだけで、ドキュメンタリーみたいなのを作ってたの」
と板東さん。
「なんでぼくの手を借りてくれなかったんですか」
「不服?」
「い、いえ…」
「…黒柳くんの自信をつけるためでもあったんだ」
ふうん…。
「黒柳くんは、わたしの期待に応えて、よくがんばってくれた」
板東さんがそう言ったから、黒柳さんは照れる。
「もう、編集も、あらかた終わっていて――」
「板東さん」
「おっ?」
「肝心の、内容は?」
「あ~、内容言うのは、肝心だったねえ」
――板東さんの説明によると。
大規模な桐原高校演劇部のなかに、『チトセグミ』という部内サークルが存在する。
演劇部の有志が集まって、三軒茶屋の小劇場で公演を行ったりしているという。
『チトセグミ』の活動に興味を持った板東さんは、黒柳さんを引き連れて、密着取材を敢行した――というわけだ。
「いろいろ、歩き回ったよね」
「うん。三軒茶屋の劇場にも、お邪魔してみたり」
「黒柳くん、ヘバりかけてた」
「面目ない」
「それでも――最後まで、ついてきてくれたから、立派だよ」
「ハハ……」
思わず、
「仲、いいですね」
と、ふたりに対することばが、ポロッとこぼれてしまった。
「えっ……どういうこと?」
完全に想定外のことを言われた、という様子で、板東さんが言う。
黒柳さんは、なんにも言わない。
言ってしまったものは、仕方ないから、
苦笑いをするしかなくなる。
「――も、もうっ。
羽田くん、足踏みさせないでよっ。いまから言うことのほうが、大事なんだからね」
「いまから言うこと、とは?」
あらたまったような表情になって、板東さんは、
「『チトセグミ』に密着取材したことで、演劇部とのコネクションができたの」
「コネクション、ですか」
「…具体的には、これからわたしたちが番組を作るときとかに、演劇部の子たちが助太刀(すけだち)になってくれる、ってこと」
黒柳さんが、横から、
「テレビドラマやラジオドラマに、出演してくれるんだよね」
「そう、黒柳くんの言ったとおり。素人じゃない役者が演じてくれるから、ドラマのクオリティも上がる。強力な助太刀」
「それはよかったですね」
演劇部との繋がりができるのは、素直に喜ばしいことだ。
「で、作ってみるんですか? ドラマを」
「作る、作る」
「…ワクワクしてますね、板東さん」
「ワクワクしないわけないよ」
「テレビですか? それとも、ラジオ?」
「テレビドラマ」
「おーっ」
「本格的なのを、夏休みまでには……」
「ストーリーとか、コンセプトとかは?」
ぼくが訊くと、
「なーんにもまだ、考えてないっ」
と板東さんは、あっけらかんと…答える。
楽天的なのはいいけど、速攻でストーリーなりコンセプトなりを考えないと……夏休みには間に合わない気がするんですが。
演劇部のかたがたの都合との、兼ね合いもあるし……。
「…なんで不安な顔つき? 羽田くん」
「…板東さんが、あまりにも前向きなので」
「イマイチわかんないや」
「ぼくとしては…わかってくれたほうが、うれしいんですけど」
「ゴメンね~」
× × ×
「……板東さんの見切り発車には、困っちゃうよ」
「いいじゃないの。それが、なぎさちゃんの個性でしょ? ガンガン前に進んでいこうとするのは、いい個性だと思う」
「ほんの少しだけ……お姉ちゃんに似てるよね」
「ほんとぉ!?」
「『猪突猛進(ちょとつもうしん)』ってことば、知ってるよね……お姉ちゃん」
「……あ~、利比古が言いたいこと、呑(の)みこめた」
「板東さん、あまりにも、前のめりすぎるから……テレビドラマのプランを自力で考えて、提案してみたいんだ」
「利比古だけで、考えられる?」
「正直、疑問で。できるなら、お姉ちゃんたちの助言もほしい…」
「助言か~~」
グラスに氷を浮かべたアイスコーヒーをゴクゴク飲んだかと思うと、姉は、
「『夏』」
「『夏』…??」
「これからどんどん暑くなっていくでしょ。テーマは『夏』がいいよ、『夏』」
「それは……世界でいちばん、漠然としたテーマじゃないかな」
「だったらさぁ」
「なに?」
「こうしようよ。
利比古、あんたはノートかなにかを、部屋から持ってきなさい」
「……持ってきて、どうするの?」
「『夏』から連想することを、どんどんノートに書き込んでいくのよ。『ビーチ』とか『かき氷』とか『サーフィン』とか」
「あ。もしかして、ブレインストーミング的な?」
「……ブレインストーミングって、なんだっけ」
「そっそこでキョトンとされても困るよっ、お姉ちゃん」