期末テスト、終了。
やれやれだ。
最後の科目のテストが終わったあと、試験監督をしていた担任の二宮先生――ニノ先生に、呼び止められた。
「なんですか? 先生」
「あすか、おまえの三者面談なんだが――」
「はい」
「おまえの邸(いえ)に行って、やりたいと思っているんだが」
「それは――家庭訪問ですか?」
「家庭訪問も兼ねてる」
「また、なんで」
「おまえの家庭環境は……ちゃんと知っとくべきだと思って、だ」
知ってどうするんですか、とは問わず、
「暮らしぶりをチェックしたい、ってことですか?」
「おまえが邸(いえ)で、どんな感じで過ごしているのか、ということが気になって」
そしてニノ先生は、あらたまった口調になって、
「ほら……おまえ、お父さんが……いないだろ? それに、何人か居候がいて、共同生活をしてるって……」
「要するに、フクザツな家庭環境だからこそ、家庭訪問の必要性も生まれるんだ、と」
「そういうことだ。…物分かりがいいな、あすかは」
「えへん」
「…なんだその、鼻高々なリアクションは」
「じゃあ、その心づもりでいます。母にも、伝えときます」
「来週な。よろしくな」
「……ニノ先生って」
「? なんだ」
「しょーじき、過保護なところもあるけど、優しいですよね」
「教え子を気遣うのも……教師の仕事だ」
「決めゼリフみたいに、言っちゃうんだから♫」
「からかうなよ……担任教師に対する気遣いが、ぜんぜんないんだから」
「わたしはリスペクトしてますよー? 先生を」
「ほんとかよ」
イタズラっ子のわたしは、
「――先生としては申し分ないのに、なんで結婚できないのかなあ」
「あすかっ、他の生徒にも聞こえるように、そんなこと言うもんじゃない!」
クスクス、という暖かな(?)笑い声が、耳に入ってくる。
「――怒られちゃった」
「あたりまえだろ」
「ごめんなさい。
家庭訪問のときは、先生をおちょくったりしませんから…」
「普段から……おちょくりは、ほどほどにな」
× × ×
なんだかんだで、ニノ先生は、しっかりしてると思う。
再確認した。
――さて、教室にいる生徒も、しだいにまばらになっていき、
だんだん、閑散としてきた。
過疎る教室――こういう空気、わりと好き。
委員長の徳山さんが、席に座り続けていた。
「あすかさん、部活は?」
おもむろに、徳山さんは問いかけてくる。
「あとから、行くよ――『重役出勤』みたいだけど」
「部長が遅れて来てもいいの」
「わたし、どっちかと言うと、放任主義だから」
「そうなの」
「某副部長加賀くんを除いて、部員はとてもしっかりしてるし」
「加賀くんは含めないんだ」
面白そうに徳山さんは笑う。
……加賀くんが、徳山さんに抱いている感情など、つゆ知らず。
アナタ下級生男子に惚れられてますよー、とか言うのは、自重……と、いうよりも、いまの段階で、告げる気もない。
加賀くんが頑張ってほしい…惚れているのならば。
「――ねえ、あすかさん」
「なんでしょーかっ? 徳山さん」
「スポーツ新聞部とは別枠で、踏み込んだ話になるんだけど――」
「OKだよ、踏み込んじゃっても。…どんなこと?」
「受験のことよ」
「アッなるほど、そういうシーズン、来ちゃってるもんね」
「あすかさん、あなたはきっと――わたしたちよりも早く、動き出すんでしょう」
「――推薦の、こと?」
「そう。AO入試、みたいなのを――視野に入れてるんでしょう?」
「ご名答」
「あなたはそうするのがベストだと思うわ」
「ベスト、か」
「成し遂げたことを――じぶんの将来のために、活用しないともったいないって、わたしは思う」
もちろん、徳山さんが言っているのは、『作文オリンピック』銀メダルのこと。
「もったいない、か――やっぱり、もったいないんだよね」
「あすかさんは、前向き? そういった入試形態を利用することに」
「うん。かなり、前向き。――もう夏休みだし、早め早めに動き出さなくちゃ、って感じ」
「夏休みの、夏期講習とかは――」
「受けないと思う。受けるとしたら、小論文指導とかだけど…どうかなぁ」
「あなたには小論文指導なんて要らなそうな気がするけど」
アハハ。
…徳山さんの机、よく眼を凝らしてみると、予備校夏期講習のパンフレットなんかが、広げられている。
「わたしは、一般入試組だから、夏期講習は受けないと、と思って」
「…もう申し込んだの?」
「すぐに申し込んだわ」
「…やる気、あるんだね、徳山さんは」
「うれしいわ、『やる気がある』って言ってくれて。元来わたし、『意識高い』って言われがちだから」
「意識が高いのも、徳山さんのいいところだよ。意識が低いより、100万倍いいじゃん」
「いいこと言うのね……なかなか言えないと思う、そういうことは。あすかさんだから、言えるのね」
「えへへへ……それほどでも。」
「……実は、ここからが本題なんだけど」
「エッ? いままでのは、本題じゃなかったの」
「なかったの。」
「もしや、夏期講習がらみで……まだなにか、あるの?」
「さすが、素晴らしい洞察力」
「ど、洞察力かあ」
「――申し込んだまでは、よかったのよ」
「――そのあとで、なにか、トラブルが?」
「非常に個人的なことなんだけど――あすかさんには、言う」
「…もったいぶらずに、言っちゃってよ」
「了解。
……小野田さんがね、」
「生徒会長が…?」
「なんとね、
生徒会長選挙でわたしを負かした、小野田さんが――、
同じ予備校の同じ夏期講習の同じクラス、らしいのよ」
因縁。
因縁の糸は――いまだ切れておらず。
生徒会長の座を競い合った、ライバル同士が――、
運命で、
同じ予備校、同じ夏期講習、そして同じ教室で、
ふたたび、相まみえるとは。
「……つらい? 小野田さんと一緒に、夏期講習受けるの」
「苦痛ってわけではない。でも、ピリピリするかも、わたし」
「彼女の存在を、過剰意識しなくっても――」
と、いったんは言いかけたのだが、
思い直して、
「――いや、過剰意識しちゃうのは、しかたないよね。これまでの経緯もあるんだし」
わたしがそう言うと、夏期講習パンフレットをぱたん、と閉じて、
「決まってしまったものは、どうしようもない。受けいれるだけ。
けど――『穏やかじゃない夏』が、わたしを待ち受けていて。
できるだけ、小野田さんと折り合うべきなんだろうけど……どんなものかしら」
「わ、わたしは、その教室には、いないからなー」
「攻撃的な性格は……確実に、損よね」
「徳山さん自身の、性格?」
「自虐まじり、だけど」
うーん……。
「…ごめんなさいね、あすかさん。『本題』が、こんなので」
過剰意識は、避けられないのが必然、なんだろうけども…。
「や、やっぱり、深く気にしすぎないほうが、いいって」
「それがベターなのよね……ほんとうは。
彼女が同じ教室にいることのストレスを、なんとか和(やわ)らげる方法が、ないかしら?」
「きゅっ急に言われても、思いつかないよっ」
「……」
「徳山さん…」
「……。
作戦A。
同じ教室にいる小野田さんを――カカシだって思う」
案山子(カカシ)!?
作戦A!?
思ってもみないことが、徳山さんの口から、ポーンと……!
「…お次は、作戦B」
「さ、作戦って。どこまで、作戦があるってゆーの……」
「ABCDEFG……」
「ま、まさか、まさか、アルファベットの数だけ!?」
「フフフッ」
「わたし……いい加減、部活、行ってくる」
「――呆れさせちゃったか」
「……いろいろあるんだね、ってことは――すごく、わかった」
「いろいろ、アリアリなの」
教室の出口に向かう。
教室を、去る前に、
「いろいろアリアリも、ほどほどにね――徳山さん!」
「ありがとう――いたわってくれて」
「親友――だから」
「……はじめて言われた。」
「わたし、親友として、ほっとけないの」
「……うれしい。
やっぱり、『持つべきものは、あすかさん』、だね」
「――おかしなこと、言わないでよっ、徳山さん」
「声が裏返ってるわよ?」
「裏返るよっ!」
「あすかさんのデレ顔も……なかなかよね」
「…デレてないもん」