KHKで、『夏』をテーマにしたテレビドラマを制作することになった。
脚本は、演劇部のひとにお願いした。
『こういうコンセプトで……』という要望を、脚本担当のひとに伝えて、書いてもらった。
それで、きょうの放課後は、書いてもらった脚本を、KHKの3人で検討しているというわけ。
「…恋愛一辺倒とかじゃなくて、いいんじゃない?」
板東さんが言う。
「黒柳くんは、どう思う?」
板東さんは訊く。
「……なんとも言えないな」
と黒柳さん。
「バカッ、『なんとも言えないな』じゃ困っちゃうよ」
…ついに、黒柳さんが板東さんに『バカッ』と言われてしまった。
罵倒ぶりの、エスカレート…。
それはそうと、じっくりと脚本を眺めていて、ぼくには『思うこと』があった。
もう一度、上がってきた脚本を、頭から後ろまで、ザーッと読み通してみる。
「…羽田くん、難しい顔してるね」
板東さんの指摘。
「もしかして、この脚本、物足りないの?」
ズバリと言う板東さん。
言いあぐねるぼく。
……『物足りない』と、ハッキリ言えず。
「あのねえ、羽田くん」
しょうがないなあ……という気持ち混じりの笑いで、
「言いたいことは、ハッキリと言っちゃったほうがいいよ。というか、言うべき」
板東さんは、たしなめてくる。
「もう羽田くん2年生なんだしさ。遠慮しないでほしいよ、いつまでも」
遠慮…。
「物足りないんでしょ? 『この脚本で、妥協したくない』ってことなんじゃないの??」
板東さんが問い詰めるように言う。
――よし。
「はい。――なにかが足りないと、思うんです。この脚本、もっと、よくなる」
「――そう思うのなら、羽田くん、修正案を作らないと」
と板東さん。
「修正案……ぼくが?」
「羽田くん以外のだれが作るっていうの。で、修正案を演劇部のほうに持っていって、脚本担当のひとと話し合うんだよ。…脚本をもっとよくするんだったら、そうするほかないよ」
「板東さん、いいんですか……? ぼくに任せるみたいになってますけど」
「そりゃ任せるでしょーがっ!! 言い出しっぺ、羽田くんなんだし」
それから彼女は、脚本をパラパラとめくって、
「…実を言うと、わたしもこの脚本に、ちょっぴり『違和感』みたいなものが、なくもないんだ」
「言えてるよ、板東さん」
黒柳さんが同調する。
「ほら……黒柳くんも、違和感感じてるみたいじゃん」
と、いうことは。
「――演劇部に修正案を突きつけるのに、異存なし、ということ」
そう言って、脚本をパサパサさせながら、彼女はぼくに向かって、
「修正案は羽田くんが作る。その修正案を演劇部に持っていって、脚本担当とバトルするのも――羽田くんの役目」
「ば、バトルって。闘うんですか、ぼく」
「脚本にイチャモンつけるんだから、バトルになるでしょ。
…この過程は大事だよ、羽田くん。
ドラマがいい出来になるかどうかの、瀬戸際だよ。
もし羽田くんが日和(ひよ)ったら、物足りない脚本のまま。
――責任重大だな」
どんどん押し寄せてくる、板東さんのプレッシャー。
なおも彼女は言う、
「いまは――羽田くんが、主役だ」
「主役……?」
「そうだよ。あなたが主役。『ドラマを作るっていうドラマ』……のね」
× × ×
大変なことになった。
『ドラマを作るっていうドラマ』って、板東さんは言ってたけれど、
まさに、ドラマの制作過程が、ドラマの物語みたいだ。
『テレビドラマ制作物語』みたいな。
その主人公は……ぼくみたいで。
脚本が良くなるも悪くなるも、ぼくにかかってきている。
至急、修正案を作ってこなければならない。
帰宅してから、脚本とにらめっこしっぱなしである。
夕食後も、すぐさま自分の部屋に駆け込んで、
『この脚本に足りないものはなんなのか』
を考えに考え、
そして……考えあぐねる。
もう、勝負は始まっている。
眼の前の脚本との勝負。
それに、脚本を書いたひととの勝負。
だけど……ぼくひとりの頭脳では、限界があるみたいで。
考えあぐねるたび、
だれかの頭脳を……借りたくなる。
『でも、ほんとうに、だれかに頼っていいのだろうか?』
そういう疑問を抱えつつも、
階下(した)へと階段を……おりていく。
「お姉ちゃん」
楽しそうにテレビを観ている姉に、呼びかける。
「どしたのー、利比古ー」
テレビを観たまま、姉は言う。
ぼくは切り出す。
「…KHKで作ってる、テレビドラマのことなんだけど」
「なに? 助けてほしいの?」
「お姉ちゃん、さ……去年、学校で上演する劇の脚本、書いてたよね」
「書いたよ。わたしは、お手伝いみたいなかたちだったけど」
「……」
「いつにもまして歯切れ悪いわね、利比古」
「……」
「せっかく、さいきん、優柔不断さが抜けてきたって思ってたのに。…どうしたいのよ、脚本関係で、助けてほしいの??」
助けを乞うべきなのか。
……ほんとうに、それでいいのか!?
どうしたいんだ、ぼくは。
どっちつかずは……もう、いやだ。
姉に……。
姉に、ここで、頼ってしまうと、
逆戻り、にしか――ならないような気がして。
「――やっぱり、今回は、お姉ちゃんの手を借りずに、やってみるよ」
「アドバイス、必要ないの?」
「なくっていい。自力でやらないと、前に進めない気がして」
「……男らしいこと言うじゃないの、利比古」
「うれしそうな顔だね」
「もっとこっち来てよ、利比古。あんたのいまの決然とした表情が、もっと間近で見たい」
「『決然とした』なんて……大仰だな」
ぼくは、姉のとなりのソファに、座ってあげる。
「……カッコいいよ。いまの利比古」
「『カッコいい』ってお姉ちゃんに言われるの、初めてかも」
「そうだっけ?」
「そうだと思う」
「そっか……」
「――言わないんだ」
「……なんて?」
「『ますますモテ顔になったね~』とか」
「……言わない、言わないっ」
「そんなに慌てて首を振らなくたって」
「わらわないでよっ、としひこっ」
――かわいいなあ。
姉ながら。