渡り廊下を歩いていたら、放送部の北崎部長に出くわした。
「あ、どうも…」
「羽田くんだー。これから、KHK?」
「そうですね」
「夏休みのあいだも、けっこう活動してたんだよね」
「していましたね」
「大丈夫だった?」
「え? なにが、ですか」
「なぎさに――イジメられてなかった?」
そこを、気にしてるのか。
「――前よりは、板東さんも脅威ではなくなりましたよ」
「脅威って。面白いことばづかいするね、羽田くんって」
「んっ……」
「日本語が、独特だ。帰国子女だからかな?」
「……関係ないと思いますが」
「まあ、なぎさが怖くないのなら、いいんだよ」
「はあ……。」
「けど、なぎさにイジメられたりしたのなら、いつでも、放送部に駆け込んできてね」
「駆け込むって……北崎さぁん」
駆け込み寺ですか。
「受け入れ体制は整ってるから」
「……」
「なんでそんな、あきれた顔つき?」
なにも答えずにいると、
「もっと頼ってよ、お姉さんを――、羽田くんっ」
「――勝手に『お姉さん』を自認してもらわないでくれますか」
「は、羽田くんが怒った」
怒った、は大げさですよ……。
「反抗期!? 羽田くん、反抗期!?」
だから、大げさですって……!
「素朴な疑問、いいですか」
「なに??」
「北崎さんは、いつまで部長を辞めないんですか」
「そろそろ辞めるよ。2学期になったし」
「あ、辞める気あったんですね」
「ないと思ってたの!?」
「…本音を言えば」
「なぎさほど、往生際は悪くないから」
「…だけど、卒業まで、名誉職みたいに、部に居座るパターン」
「どうしてわかったの!?」
「わかりますから!」
× × ×
「ねーねー羽田くん」
【第2放送室】。
だれがどう見ても往生際の悪い、板東さんが、ぼくに声をかけてきた。
「なんですか? なにかの、提案ですか?」
「うん。『ランチタイムメガミックス(仮)』に関する――」
「打ち切るんですか?」
「ちょ、ちょっ、なんでそんなヒドイことをっ」
「8割は冗談ですよ」
「に、2割は本気だったの、ヒドすぎだよ」
板東さんをじーっと見るぼく。
「…そんなにコワい眼つきしないで」
「してませんが」
「…わたしが言いたかったのはね、
いい加減、『ランチタイムメガミックス(仮)』っていう、長ったらしい番組名を変えてみたらどうか、ってこと」
「ぼくに、うかがいを立てなくても……パーソナリティの板東さんが、自由に改変すればいいんじゃないですか」
「いちおう、うかがいは立てておくの」
「はぁ…」
「――『板東なぎさのナギちゃんスマイル!』とか、どう??」
「――どうと言われましても」
「つ、つれない、つれなさすぎ」
「板東さん、『長ったらしい番組名』とか、言ってましたけど」
「う、うん、」
「短くなってないじゃないですか」
「あ、あっ!」
「……提案する前に、気づいてくださいよ。
『板東なぎさのナギちゃんスマイル!』じゃ、『ランチタイムメガミックス(仮)』と同等に、長いですよ」
ぼくが、新タイトル案たる『板東なぎさのナギちゃんスマイル!』を復唱したのが、気恥ずかしかったのか、少し照れ顔になる、板東さん。
あんまり照れないでくださいっ。
「新タイトル案もいいけど、次の番組企画は、どうするの?」
クリティカルな発言をしたのは、黒柳さんである。
さすがは黒柳さんだ。
次に作る番組の企画を立てるほうが、KHKにとって、より重要だ。
「板東さんのことなら、きっと、夏休みのあいだに、企画案をいくつも――」
と黒柳さんが言った。
言ったのだが、
「――頭になかった。企画案、頭になかった」
と、板東さんが黒柳さんの期待を裏切る。
「えっ、きみらしくないね」
きみらしくないね、がシャクにさわったのか、仏頂面で黒柳さんを見やりつつ、
「いろいろ忙しかったんだよ」
と言い訳の板東さん。
「黒柳くんだって――3年のわたしたちが置かれてる立場とか、わかるでしょ?」
「まあねぇ。受験勉強とか、ね――」
板東さん、忙しいと言う割には、再三休み中に登校してましたよね――というツッコミは……野暮だろうか?
「どうせ、黒柳くんだって、な~んにも次の番組企画のこととか、考えてなかったんでしょ」
「――って、思うよね?」
「え、え、なに、黒柳くん。フェイントかけないで」
「フェイントってなに」と、苦笑してから、
「ぼくだって、なんにも考えてないわけじゃ、ないんだよ」
硬直する板東さん。
硬直お構いなしに、
「企画のひとつかふたつなら、考えるさ――ぼくだって。長い休みで、それなりに時間はあったんだから」
…かっこいい。
かっこいいですよ、いまの、黒柳さん…!!
「番組プラン、言っていいかな?」
「どうぞ……」と、タジタジの板東さん。
「あのね、ひとことでいえば、『読書会』」
「……読書会?」
「読書会をセッティングして、その模様を撮(うつ)して、番組にしたらどうかなあ…と思って」
「撮すって、テレビ番組?」と板東さん。
「そうだよ。たぶん、テレビ番組にしたほうが、面白いと思う」と黒柳さん。
読書会を、テレビ番組に、か。
いいアイディアだな、と、素直に思う。
「近年流行りのビブリオバトル形式なんかにしてもいいし」
黒柳さん――深く、考えてる。
「……でもなんで、読書会なの。テーマをそれにした、理由は?」
「それはね、」
黒柳さんは言う、
「板東さん、きみが――やりやすいだろう、と、思ってだ」
「やりやすい、って……どういうこと!?」
「だって。きみは読書が、好きだろう」
「そんなに……本読みなわけじゃないよ、わたし……」
あたたかな苦笑いで、
「説得力がなさすぎるって」
と、黒柳さん。
「わ、わたしの読んでる本の数なんて、たかが知れてるもん」
「――読書は、数じゃない」
「数も――関係するよ」
「するにしても。
…きみが、どんなに謙遜したって。
謙遜すればするほど、きみの読書好きは、揺るがなくなる」
「リクツに……なってないじゃん」
「板東さん。」
「な……なにかな?」
「ぼくは、数え切れないぐらい――見てきたんだよ」
「……なにを。」
「板東さん、きみが――学校の図書館に、入っていくのを」
「――なんで、数え切れないぐらい、見るの。」
「見えちゃっただけさ」
「ホントに!? そんなに目撃機会多いなんて、不自然――」
「――区立図書館でも見た」
「!?」
「学校近くのブックカフェでも、ジュン◯堂でも、◯おい書店でも――見た」
呆然とする板東さん。
× × ×
――彼女は、
『つきまとってるの!?』とか、『ストーキング!?』とか、
黒柳さんに、いっさい、言わなかった。
心の底では、黒柳さんを信頼しているという、裏返しなのか。
あるいは……『まんざらでもない』、のか……。