1学期も残りわずかだ。
少しだけ早い放課後。
旧校舎に行くか、と思い、教室の席を立ったら、
クラスメイトの、野々村さんが、
「羽田くん、放送部の北崎部長が、呼んでる……」
と言ってきた。
放送部部長の北崎さんが、教室の入口に立っていた。
――どうしてここまで?
とにかく、北崎さんのほうに向かう。
「やあ、羽田くん」
「――なんでしょうか。わざわざ、ぼくの教室までやって来て」
「お誘い。」
「お誘い?」
「放送部への」
「はい!? KHKから、ぼくを引き抜きでもするつもりなんですか」
「落ち着きなさい、羽田くん」
「んっ…」
「そーゆーことじゃないの。あわてんぼうね」
北崎さんはクスッ、と小さく笑い、
「放送部の活動場所に、来てほしいってだけ。
あなたをKHKから強奪するつもりなんてない。
1学期も終わっちゃうし……、ちょっとお話がしたいだけ」
ほんとかな。
だいいち、『お話』って、なんなんだ。
× × ×
そんなこんなで、放送部の活動場所たる放送室まで連れてこられた。
板東さんや黒柳さんに連絡するヒマもない。
いつまで、放送部に、拘束されるやら……。
もし、遅れてKHKに行くことができたとしても、会長の板東さんに怒られてしまいそうだ。
どう弁解すればいいんだ……。
入室するなり、女子部員に取り囲まれた。
なぜだっ。
「羽田くん、待ってたよ~~」
「コッチに来てくれて、うれしい~~」
「ひゃーっ、ほんと二枚目~~」
「緊張しなくても、いいんだよ~っ」
「ゆっくりしていってよ~っ」
「ねぇねぇ、体育館裏で1年の娘(こ)に告白されたって、ホント!?」
「ときどきランチタイムメガミックス(仮)で、しゃべるよね? 声もハンサムだと思ってるんだけど」
「シャンプー、シャンプー、なに使ってるの!?」
『こらこらっ!!』
質問攻めで窮地に陥っていると、
北崎さんの、鶴の一声(ひとこえ)。
助かった……のか??
「あんたらは、向こうで練習でもしてることっ!」
と部長の彼女が命令することで、おとなしく、女子部員たちはスタジオのほうに入っていった。
やっと囲まれがほどけた。
まだ安心するには早いが。
「ごめんねえ、『シャンプーなに使ってるの?』とか、答えらんないよね。あいつら、キャピキャピしすぎだ」
「はあ…。」
「ようやく、邪魔がなくなった」
彼女は椅子を指差して、
「座りなよ」
「……はい」
2リットルペットボトルのお茶と、何種類かのスナック菓子。
ポテ◯ングとか、わさビー◯とかが、テーブルに置かれている。
「あの、北崎さんは、座らないんですか?」
「立ってる」
「どうして」
「どーしてかなー?」
そ、そんな。
「羽田くん、」
ぼくの右の手もとに、紙コップをトン、と置き、
「お酌(しゃく)してあげるよ」
「……はいぃ!?」
「お酌は、ジョーダンだけど――お茶をコップに入れてあげる、ってこと」
そういって、お茶をトクトク…と、紙コップに注(つ)ぐ。
そして、おもむろにわさビー◯の袋を取って、
「わたし、わさビー◯好きなの」
「……」
「パッケージイラストは、前のほうがよかったと思うけど」
「……」
「味は、変わりなく、美味しいよね」
ぱん、とわさビー◯を開封し、
「食べてよ、羽田くんも」
と促す。
わさビー◯推しは、いいとして、
「あのっ……お話を、するために、ぼくを放送部のほうに呼んだんですよね??」
「んんー」
「ち、違わないでしょ!?」
「そんなにシリアスな話でもないよ。おしゃべり」
「おしゃべりって」
「羽田くんと――おしゃべり、したかったんだよ」
「こ、個人的動機??」
「だよ」
――気まぐれなっ。
「そんなに、ぼく個人に、関心を持たれても――」
「いいじゃないのぉー。
…なぎさばっかりじゃあ、ズルいし」
「どういう意味か、わかりかねるんですが」
「なぎさが羽田くんを独占してんじゃん?」
「それは、いっしょにKHKで活動してるだけですっ」
「――たまには、こっちにも、引っ張り込みたいと思って」
「どんな駆け引きなのやら――」
「争奪戦だよ。たとえるならば」
「争奪戦って。…ぼくはKHKから抜ける気なんてありませんから」
「…また、勘違いしてる。
『争奪戦』が語弊だったか。
――いい?
部活っていう次元の問題じゃ、ないんだよ」
「ならどんな問題なんです、見当もつかない」
「わたしとなぎさのあいだの、個人的な問題」
「…ヤキモチ?」
「いい線、ついてるねえ」
「……」
「たまには、羽田くんを、わたしの手もとに置いておきたかった、ってこと」
ぬなっ……。
「もっと言えば、羽田くんを独り占めする時間を、持ちたかった」
「……ぼくに、それほどまでに、関わりたかったんですか!?」
「うん」
「執着の理由が、理解できません……」
「……ウフフ」
「なんでそこで笑うのっ」
「あ、素(す)が出た♫」
「からかい続けるのなら……おいとまさせてもらいますが」
「あんがい、短気?」
「年上の女子にあれこれイジられるのは、北崎さんたちが思ってるより、しんどいんですからね」
「そこはさー、しんどくても、耐えてよ?」
「むむ無茶な」
「ねっ☆」
「『ねっ☆』じゃありませんよっ!」
「――自分のお姉さんで、慣れてると、思っていたけど」
「なにが」
「年上の女子にやりこめられるのが」
「ふ、フンっ」
「なんでいきなりソッポ向くの? ――恥ずかしいわけか」
「…どーでしょーねぇ」
「あなたがソッポ向くなら、わたしがもっと近寄るよ」
「!?」
「ほら~~、距離を縮めてくよ~~、わたし」
「ふ、ふっ、ふしだらなっ」
「『ふしだら』とか、言うんじゃありませんっ♫」
「北崎さん!! いい加減にしてくださいっ!!」
「もぉ~♫」
「ぼくが離れるたびに、ひっついてくるようにして……。どんなハラスメントですかあっ」
「人聞き悪いっ!」
「悪くなんかない…ぜったいに、悪くなんか」
「――治外法権」
「What!?!?」
「あっ、はねだくん、こんらんしてきた~♫♫」