そんなに緊張しなくてもいいのに……と思いながら、眼の前に座っている30代前半男性教師を見ている。
予定通り、三者面談兼家庭訪問で、わたしの担任の二宮先生――ニノ先生が、邸(いえ)にやってきた。
わたしはお母さんと並んで座っている。
母娘(おやこ)の前で、カタくなっているご様子の、ニノ先生。
そんなにカチコチになる必要、ないと思うのに。
リビングの広さと天井の高さにびっくりして、それで萎縮しちゃったのかな?
…そんなことはないか。
じゃあ、お母さんが出したお菓子が、めったに市場(しじょう)に出ないようなレアものだったから――、
いや、そんなこともないかー。
「二宮先生は、英語を担当なさっているんですよね?」
お母さんが訊く。
「あ、ハイ、そうであります」
……口調がおかしいよ、ニノ先生。
ケロロ軍曹じゃないんだからぁ。
「娘から聞きました~~」
お母さんは笑いっぱなしで言う。
いつも通り…いつも以上かもしれないぐらい、上機嫌なお母さん。
「もうちょっと普通にしてくださいよ、ニノ先生」
思い切って、わたしは言う。
「こっ、こらっ、こういう場ではだなっ、『ニノ先生』とか呼んじゃ、ダメなんだぞ」
焦る先生、だが、
「わかってます。わかってるから、呼びました」
軽快なリズムでわたしは言う。
「あすか……おまえ」
呆然とする先生。
こんどは、お母さんが、
「二宮先生。先生は――生徒に信頼されてるんですね」
と言うから、さらに眼が点になって、
「どうしてそう思われるんでしょうか……お母様」
と問い返すが、
「あらら~~、『お母様』な~んて、恐縮ですよぉ~」
と、完全に翻弄される。
「お、お母さんには、娘さんの、ご家庭での様子をお訊きしたく、」
「それでわざわざ邸(ウチ)までやって来たんですもんね」
「あ、あすかぁ、おれはお母さんに訊いてんだぁ」
――素(す)の顔だ。
「元気で明るいですよ~? ホームシックになることもなく」
「…じ、実家ですから、ホームシックには、なりえませんよね」
軽くボケ混じりに言うお母さんと、恐縮しながらツッコむ先生。
「愉快な仲間もいて」とお母さん。
「愉快な仲間……?」と先生。
「大学院生の男の子と、大学生の女の子と、彼女の弟である高校生の男の子が」
「ああ……同居、されてるんでしたよね」
「完全に、馴染んで」
「この邸(いえ)に……」
「ええ。すっかり、家族になって」
「――家族。」
「はい。」
「わたしも助かってます」
「……」
先生が、無言になりかかってるから、
「ニノ先生~っ。邸(いえ)のメンバーのこと、もう少し知りたくないんですか~っ」
「だだだからだなっ、『ニノ先生』呼びは、自重しろと、おれはっ」
むなしく反発するものの、
「――いいじゃないですか」
「お、お母さん、な、なにをおっしゃるんですかっ」
「――わたしも『ニノ先生』と呼んじゃっても、いいですか~?」
ついに出た、お母さんの、おふざけ。
言い知れぬパワーがある。
『マジで母娘両方から『ニノ先生』と呼ばれてしまうんでは、おれ……』と思ってるがごとく、困惑し、絶句する、先生。
しかし、渾身の力を振り絞って、
「……し、進路の、こととかもですね、しておかなければならないかと、思うんです」
「それはそうですよね~」と、お母さんはアッサリ。
「……む、娘さんは、進学を希望されているんですけど、具体的に、受験に向けて、いつどうやって、動き出すのかということを……」
「提案しちゃってくださ~い」と、お母さんは軽~く。
「やっやはり、推薦を視野に入れておられるのなら、もう、この時期から……」
「それはそうですよね~~」
お母さん……、
軽すぎだから。
× × ×
こんな感じで、にぎやかに三者面談していたら、
ぬぼお~~っと、兄が、リビングに姿を現してきた。
…間が悪っ。
兄にクレームを言おうとしたら、
「おーっ、アツマ、久しぶりだな」
ニノ先生の反応のほうが、速かった。
「あ、ども、二宮先生」
「――アツマ、おまえはちゃんと『二宮先生』と呼んでくれて、助かるよ」
「へ!?」
…にやにや。
「大学は、どうだ?」
「ま、ボチボチってとこっす」
「3年だろ? そろそろ就活か」
「ま、そこらへんも、ボチボチで」
――頭をポリポリかきながら言う兄を見かねて、
「お兄ちゃん、『ボチボチです』って言ってたら、なんだってどーにかなる、って思ってんじゃない?」
「……妹よ、少しばかりでなく、言ってる意味がわからんので、わかりやすく言い換えてくれんだろーか」
「ひとことで言い換えてあげようか?」
「おお」
「『生返事はやめなさい』」
「…生返事って」
だ・か・ら・っ。
「お兄ちゃん、ニノ先生に、テキトーに受け答えしてるっ」
「や、そんなつもりねーよ。ちゃんとおれは…」
「説得力、マイナス80点」
「はぁ!?」
「とにかく、もっとちゃんとして!! 習った先生には、礼を尽くす!!」
「おまえもな」
「わたしは尽くしてる」
「ほんとかぁ!?」
「ほんとだもん。お兄ちゃんみたいに、ニノ先生にテキトーな態度なんか、すこっしもとってないんだもんっっ」
「…でも『ニノ先生』って呼んでるよな」
「――あっ」
「仲がいいなあ~、おまえら」
ここで、ニノ先生の、ご指摘。
「まさに、『言い合いになるほど、仲がいい』だ」
……そんな。
なに言うの、先生っ。
ヒドいよ。
しかし、なおも、
「仲良し兄妹で、なによりだ。ホッとした。
正直、ここに来てから、緊張しっぱなしでいたんだが――やっと、ほぐれてきた。
おまえら兄妹の、元気のいい口喧嘩の、おかげだな」
……なにそれ。
「――なんで発熱してるんだ、あすか?」
容赦のないニノ先生……。
「そーかそーか、ブラコン発動かあ」
容赦なさすぎっ。
泣きそうになりそうな心で、
「やめて先生……『ブラコン』なんて」
「お」
「せっ、せんせえっ、『お』じゃないよぉっ。もっとちゃんとやってえっ」
「――おまえも、タメ口は直そうな」
冷静に、たしなめてくる、ニノ先生……。
あ~っ、もう!