「アツマくん、おかえりーっ」
「ただいま、愛」
「レポート、出してきた?」
「出してきたぞ。これで、前期も終わりだ」
「わたしもきょう、出してきた」
「それは良かった」
「じゃあ、おまえも前期は終わり、か」
「そゆこと」
「夏休み、突入だな」
「……」
「なななんだよ、ジィ~~っとこっちを見てきて」
「……ウフフッ」
「なぜ、笑う!?」
「――アツマくんもわたしも、レポート提出、したんだけどさあ」
「そ、それがなんだよっ」
「アツマくんは――、
何単位、落とす自信がある?」
「ふ、不謹慎なっ!!!」
「なーにが不謹慎なのよっ。ビックリマーク3つも重ねないでよ」
「まずなぁ、どぉして、おれが単位を落とす『前提』なんだよぉっ」
「とてもあなたが優等生とは思えないから」
「……」
「黙っちゃったねえ」
「……優等生じゃなくても、単位は取るさ。講義に出席してないわけじゃないし」
「出席点頼みだ~~」
「るせぇ」
「…ま、ろくに講義に出なくても、卒業できちゃうよりは、マシなんじゃないの?」
「…そんなヤツいんのか」
「いるらしいのよね」
「都市伝説か」
「伝説、ってほどでもないんじゃないかしら」
「…日本の大学の、『抜け穴』だな」
「でも、そういうひとだって、講義とかとは別のところで、なにかを『学んで』卒業していくものじゃないのかな…」
「悟ったように」
「悟ってないわよ……。だれかの意見の、受け売り」
「ホントかよ」
「ねぇ」
「なに」
「それはそうと――アツマくんの単位の行方」
「行方がどーした」
「気になる」
「勝手に気になってろ」
「――そぉねえ」
「悪だくみ、って表情だな……」
「ぬふふ」
「『ぬふふ』、じゃないですから……」
「悪い顔になってる? そんなに」
「なってる」
「だったら、『悪い顔もかわいい』とか、言ってよぉ」
「だまれ」
「んもーっ」
「…ケッ」
「…わたしはね、
アツマくんが単位ひと科目落とすごとに、どんなお仕置きしようか考えてたの」
「お仕置きとか考えんな、バカ」
「わー、ひどいー」
「…楽しんでないか?」
「あなたが留年するほど楽しんではないわよ」
「わけわからん…」
「わたしのほうは、100%『フル単』って確信があるし」
「ほんとうだな。絶対絶対に、100%なんだな」
「わたしが負けるわけないじゃん」
「だれに? 教授にか?」
「最大の敵は――教授じゃなくて、自分自身よ」
「――ほぉ」
「自分に負けたら単位取れないでしょ」
「んっ……」
「アツマくんだって納得でしょ?」
「んんっ……」
「言ってよぉ~、『含蓄のあることばだな』、とか」
「そんなにホメてほしいか」
「……」
「おい」
「あなたがホメてくれるのが……世界でいちばん、うれしいもん」
「――なぜに、このタイミングで、いきなりデレ始めるか」
× × ×
「はぁ。夫婦(めおと)漫才みたいなのも、疲れるな」
「あ!! 『夫婦(めおと)』漫才って言った!? アツマくん」
「ど、どーしたんよ、キラキラキラキラ眼を輝かせて」
「だって」
「だって??」
「良いじゃない、『夫婦(めおと)』漫才って、なんだか」
「どこが」
「素敵でしょ」
「だからどこが」
「もっと素直になりなさいよ」
「ハァ!?!?」
「つれないわねぇ」
「ふん」
「ふてくされないで」
「……」
「……わたしさ」
「……?」
「してほしいことがあるの、アツマくんに」
「なんだよ。…あんまし、エロいのは、なしだぞ」
「バカじゃないの!?」
「んなっ…」
「なんでもかんでもエロスに結びつけるんじゃないわよ!」
「エロス、って」
「……つい、プラトンっぽいこと言っちゃった。哲学専攻だからかしら」
「いみわからん…」
「正確には、エロス、じゃなくって、エロース、だっけ」
「じぶんで調べろや」
「……。
わたしは、ね。
あなたも、喫茶店のバイトで、修練を積んだことだし――、
あなたに、美味しいコーヒーを、淹(い)れてもらいたいのよ」
「してほしいこと、って、それ?」
「いつでも、いいから」
「わかった。」
「ひょ、拍子抜けなくらい、素直にうなずくのね」
「うなずくさ」
「――今年の夏も、今年の夏もやっぱり『リュクサンブール』で……」
「あー、もちろんさ。また、バリバリ働くよ」
「すっかりお店に馴染んでるみたいね」
「お店の先輩からも信頼されてる」
「……そう」
「すごいだろ」
「……」
「くやしかったら、おまえもバイトしろ」
「……する」
「するの!?」
「する」
「マジでかよ」
「夏休み、長いし」
「いま知った。もっと早く教えてくれたって」
「――ごめん」
「ま――いいよ」
「寛大ね」
「おまえよりはな」
「……翻訳のバイト」
「翻訳!? すごいな」
「すごいでしょ。頭脳労働よ」
「言語は?」
「ドイツ語よ」
「うおっ」
「下訳(したやく)だけど」
「けど、すごいな。大学入りたてで、いきなり」
「まあ、高等部のころからやってたし。高等部のころから、成績も良かったし」
「…さりげないおまえの自慢は、いいとして。
おいくらぐらい、もらえるのかな? 翻訳バイトは」
「いっいきなり、報酬のこと訊くわけ!? 信じらんない」
「ドン引きするほどかよ」
「どんだけお金に下心あるのよ」
「下心!? なんだそれ」
「アツマくんの、お金フェチ」
「ぐなっ…!」
「お金フェチ。給料スケベ」
「い、いいたいほうだいなっ」
「お金に欲情しないでよっ」
「してねーよ!!!!!」