【愛の◯◯】あなたの腕に自信を持って

 

きょうも元気に早起き。

 

× × ×

 

極度に眠そうなアツマくんが、ソファにもたれかかっている。

 

「ちょっと、朝からなんなのよ、シャキッとしなさいよ、シャキっと」

「……くたびれてんだ」

「どうして?」

「おもに、就活」

 

あーっ。

それは、あるか。

 

でも。

 

「忙しくて疲れるのはわかるけど、そんなにダラけた姿をお邸(やしき)のみんなに晒すのも、どうかと思うわよ、わたしは」

「邸(いえ)のなかだからいいじゃんかよ。…それに、晒すったって、いまは、おまえ以外のだれも、おれを見てないんだし」

 

……。

 

「言い訳無用」

「おいおい、愛っ」

「とりあえず、顔を洗いなさいよ」

「洗ったよ!」

「…あら、そうなの」

「そうだよ」

「…外の空気、吸ってきたら?」

「そんな気力ない」

あるでしょ! バカね」

「おまえなあ」

 

× × ×

 

部屋に戻ったアツマくん。

 

彼の部屋に押しかけてみると、案の定、就寝体制に入ろうとしているところだったので、掛け布団を剥ぎ取って、

だらしないわね!

と一喝。

 

「わかってるよね!? わたし、週明けにはもう引っ越すのよ。この邸(いえ)から出ていっちゃうのよ。

 戸部邸のリーダーのアツマくんが、こんなにだらしなくていいの? いいわけないわよね!?」

 

「や、リーダーだったのかよ、おれ」

「リーダーでしょ。自覚を持って」

 

まったくまったくもうっ。

 

アツマくんの寝転ぶベッドの間近に正座して、

「キッチン、来て」

「キッチン??」

「わたしがここを出ていく前に、いろいろ教えたいことがある。昼ごはんも、わたしといっしょに作りましょう?」

 

× × ×

 

「いつものごとくスパルタ指導だったな、おまえは」

「あなただから厳しくするのよ」

「なんじゃそりゃあ」

「……わたしの名前」

「?」

「……わたしの名前、『愛』でしょ。これが、『愛』の指導ってこと」

「おまえもたまには、上手いこと言うんだな」

「…アツマくん! 洗いもの、まだ残ってるから!」

「はいはい」

 

 

アツマくんといっしょに作った料理を、アツマくんといっしょに食べる。

 

「利比古は『外出するから昼ごはん要りません』って言ってたけど、あすかのぶんは作っといたほうがよかったんじゃねーのか?」

「…あなた、じぶんの妹の行動予定も把握してなかったわけ?」

「え」

「あすかちゃんも外出よ。夕方まで、友だちと会ってるの」

「知らなかった…」

「もっと、とってよね、コミュニケーション。兄妹なんだから」

「すまん。反省だ」

「反省だけじゃダメ。反省を踏まえて、実践して」

「おまえらしからぬマジメ発言じゃないか」

なによっそれっ

 

× × ×

 

――食後のコーヒーも飲まず、スネているわたしに、

「昼飯、すこぶる美味かったぞ。おまえのおかげだな」

「――あなたを手伝っただけよ。わたしは」

「いーや。おまえのおかげだ。感謝だ」

「勝手に感謝してて……」

ツンデレか」

 

わたし…ツンデレじゃないし。

 

それは…そうと、

「アツマくん。わたし、気づいてる」

「は?? なにに」

「――ずいぶん上達した。あなたの、お料理スキル」

「ほんとかよ」

「わたしがここに来たころと比べたら、月とスッポン」

「おいおい、何年前の話だ」

「5年半前」

「……5年半前、か」

「そもそも、あなたが高校生だったときは、あなたほとんどお料理してなかったわよね」

「……ああ。

 そしておまえは、中学2年の秋にここにやって来たときから、バリバリ料理を任されていた」

「あのね」

「なんだよ」

「わたしは、あのときから、あまり上達してないの」

「そりゃ、中学生時代から、料理の腕が完成されてたからだろ」

「ご名答」

「…」

「それに対して――アツマくん、あなたの『伸び』は、すごいと思うわ」

「『伸び』?」

 

おもむろに、手を伸ばして、彼の右手をそっと握る。

 

「ど、どした、愛っ」

 

「アツマくん……自信を、持って。」

 

「――??」

 

あなたはもう、料理上手よ

 

「そんな――唐突に」

 

「わたしが太鼓判を押してあげるわ。

 わたしが手を貸さなくても――だいじょうぶ」