「あけましておめでとうございます。2023年です。今年もよろしくお願いします」
「おいこら、いったいだれ向けの新年の挨拶なんだ、それは」
「細かいことはいいのよアツマくん」
「……けっ」
「ふてくされないのっ」
「……分かったよ」
新しい年を迎えたわけである。
階下(した)で6人揃ってお正月らしいことをひと通りやったあとで、アツマくんをわたしの部屋に連れ込み。
「愛」
アツマくんはわたしに、
「初詣とか、どーする?」
と言う。
わたしは、
「今年は行かなくてもいいんじゃないかしら。山陰旅行したばっかりだし、初詣に行って、これ以上疲れを溜め込まなくても」
「なるほどな。だいぶ治ってきたとはいえ、おまえは調子を上げていく途中なんだし……山陰旅行のくたびれだって、残ってるだろ」
「ま、そういうことね。三ヶ日(さんがにち)は、お邸(うち)でノンビリと」
「そうしろそうしろ。それがいい」
ここで、わざ~とらしく時計を見て、それから、
「正午が近づいてるけど――まだ、お腹は空いてないでしょ?」
「まあ、さっきたらふく食ったばっかだし」
「それなら、しばらくの間、わたしの部屋に居てくれるわよね」
「……居てほしいんか」
「当たり前よ」
小さく溜め息の彼。
どうしてよ。
「なによあなた。自分の部屋に引っ込んだって、どうせロクなことしないんでしょ」
「正しいご指摘だ」
「だったら、わたしをガッカリさせないで」
「ああ」
軽くうなずいたかと思うと、
「新年早々、どうしようもなさが際立ってるおまえだが……。ガッカリさせたくはない、という気持ちもある」
と言って、さらに、
「愛。年の初めに、ひとつだけ、おまえに約束する」
と。
力強く、彼は、
「今年は、おまえを悲しい気持ちにさせたりなんかしない」
と……わたしに誓う。
いきなりマジメなことを言ってきた彼。
驚きが大きくて、お部屋で彼とどう過ごしたかったかということを忘れてしまう。
× × ×
彼に「約束」されてから、しばらく呆然となっていたわたしだったが、
「お~~い」
と呼びかけられて、正気を少しだけ取り戻す。
「おまえ、夕方まで、ここでおれといっしょに過ごすつもりなんだろ?」
と彼は問う。
「なにするよ」
苦笑しながら、彼は。
「わ、わたしの、すきなことが、したいわ」
うろたえて言うわたし……。
「ふ~~ん。スキンシップとか?」
「ち、ちがうからっ!!」
顔面の発熱を濃厚に感じ取りつつ、わたしは本棚方面に眼を向ける。
「あ…アツマくん。読初(よみぞめ)って、わかるかしら」
「わからん」
「年が明けて、いちばん最初の読書」
「ほほぉ」
「わたし、なにを読むか、事前に考えてたから……あっちから、取ってくるわ」
立ち上がった。
少しよろけてしまった。
どうしてよろけるのよ、わたし。
「――愛らしからぬバランス感覚の悪さだな」
ば、バランス感覚の悪さに、感心しないでっ。
× × ×
「スゴそうな本を持ってきたな」
「……書誌情報、言うわね。
『スピノザ『エチカ』講義』っていう本。
著者は、江川隆男さん。
出版社は、法政大学出版局。
2019年刊行。
お値段、税込み5500円」
左腕で頬杖をつき、ニヤリとしながら、
「さすがだなー、おまえも」
とアツマくん。
あのねえ。
「あなたも読むのよ!? アツマくん」
「やっぱり、そうなるんか」
「把握してるのなら、わたしの膨大な蔵書の中から、読みたい本を選んできてちょうだい……」
「おー、さりげない蔵書の自慢が炸裂か」
「うるさいわね」
「カワイイ顔、しやがって」
うるさいってばっ!!
ほんとにもう、あなたって……!!