おれのからだに愛がふにゅーっ、とひっ付いている。
「…そろそろ、おまえの親御さん、到着するんじゃないか。準備しなくてもいいんか?」
愛に告げるおれ。
「…まだ早いでしょ」
「早いか?」
「あと10分は、アツマくんにひっ付いてても大丈夫なはず」
なんだそりゃ。
「フーム。
……おまえもしや、緊張してるな??」
「き、緊張?? ――なにかしら、緊張って」
「だーかーらー。
おれにひっ付き通すことで、親御さんと再会することに対する緊張をやわらげてるんだろう、ってこと」
「うぐ」
「――図星、頂戴致しました」
× × ×
後方からノックの音。
「利比古かー?」
おれは、ドアに向かって言う。
『ハイそうです、アツマさん』
「愛を呼びに来たんだな」
『……どんな感じですか? 姉』
「じゃれてる」
『……あーっ』
おれの「じゃれてる」発言のせいでか、愛が爪を立ててくる。
「そーゆーところもだぞ、愛」
「……」
「まるで、ペットの子猫だな。子猫ちゃんだ」
「……うるさいわね」
取りあわず、ふたたびドアに向かって、
「利比古ー。入ってきていいぞ~」
とおれは告げる。
――慌てて、おれから身を離す愛。
よくできました。
× × ×
そして――愛のご両親は、邸(いえ)にやって来た。
× × ×
感動のご対面、ってやつか。
大好きなお父さんを、愛はじっと見つめている。
早くも潤み始める愛の眼。
ファーザーコンプレックスなんだもんなー。
「おとうさん……」
声を震わせながら言う愛。
「来てくれて……ありがとう。ほんとに」
愛のお父さんは、
「きょうの調子はどうだ? 愛」
と、穏やかに。
「悪くないけど、良くもない。……ごめんね、曖昧な返事して」
「愛」
「……」
「お父さん、おまえにあんまり謝ってほしくないかな」
「で、でも、」
「――でも、?」
穏やかな優しい表情で、お父さんは、愛を見つめ返し続けるだけ。
――たまらず、といった感じで、お父さんに歩み寄る愛。
ぽふ、と胸に抱きついたかと思うと、
「つらかった。苦しかった。わたし」
と、気持ちを伝えていく。
父娘愛に感銘を受けつつも、おれは、
「お父さん……。申し訳なかったです。おれが、もう少し、愛に優しくしていれば……」
と言うも、
「そんなこと言う必要ないよ、アツマ君」
と返されて、それから、
「アツマ君、きみは、良くやってる。わかるんだ――」
「――そうですかね??」
「――ああ。わかるよ。会うたびに、きみは、たくましくなっている」
「たくましく…」
「きみには自信を持ってほしいな」
「自信…ですか」
「きみの姿を見て安心した。これからもずーっと、愛を任せていける」
ずっと、任せていける……。
「もうっ。そういうやり取り、わたしがいちばん照れるんですけど」
お父さんからそっと身を離して、愛が言った。
微熱のような顔面。
こんどは、愛のお母さんが、おれのほうに近づいてきた。
「お久しぶりね」
挨拶したかと思うと、おれの左肩に、静かに右手を乗せてくる。
一気にビビりまくってしまう、おれ。
愛のお母さんは言った。
「まず――就職おめでとう、アツマ君」
なんと言ったらいいか、まったくわからなくなる。
「ちょっと……いきなりスキンシップされたら、だれだってビビるでしょ? お母さん」
愛が、お母さんを咎める。
「そうね」
とは言うものの、愛のお母さんは、おれと至近距離を……保ち続ける。
「アツマ君。あなたにお願いがあって」
お願い!?
「これから――わたしのことは、『シンさん』って呼んで。わたし、名前が『心(こころ)』だから。『心(こころ)さん』じゃ、呼びにくいだろうから――『心(シン)さん』って呼んでよ」
戸惑う、おれ……。
「お母さんっ。そんなこといきなりお願いしたって、彼はこころの準備ができてないわよっ」
咎め立てる、娘の愛だったが、
「ごめんなさいね。相変わらず、娘が反抗期チックで」
と……母のほうは、意に介さない。