【愛の◯◯】バッティングセンターとシュガーポット

 

バットを強く振って、

速球を打つ。

真芯(ましん)に当たって、

ボールが高く、飛んでいく……。

 

出てきたボールを、

ひたすら打つ、

打つ、

打つ、

打つ。

 

ジャストミートの連続。

かなりの球速も、わたしには関係ない。

ソフトボールの打撃練習で、鍛えてもいるし、

1球たりとも、凡打にはさせない――。

 

打って打って、打ちまくる。

 

なぜって?

 

……鬱憤を、晴らすため。

 

どんな、鬱憤かって?

 

……それが言えたら、苦労しないよっ。

 

 

都内某所、

お邸(やしき)からそう遠くない、

バッティングセンター。

 

『彼』とケンカになってしまったわたしは、

お邸を飛び出して、

このバッティングセンターに、急行した……。

 

 

筒香になれたらいいのに。

筒香みたいな本塁打製造機になって、ボールをもっともっと、はるか向こうまで、飛ばすことができたらいいのに。

わたしは出てくる球をどんどんカッ飛ばしてるけど、飛距離の限界も感じてきている。

 

飛距離が、だんだん、落ちてきた。

バットをひたすら全力で振り続けた、消耗。

休みもせずに打ちまくったから?

 

左打席。

構えようとして――少し、ふらつく。

消耗があらわになる。

 

だめ。

まだ……だめ。

満足できない……。

 

アツマくんとの軋轢(あつれき)を、振り払うまでは……。

 

× × ×

 

とぼとぼ帰り道を歩く。

 

――最後のほうは、やけっぱちだった。

だんだん長打も打てなくなって、最後の5球はボテボテゴロに終わってしまった。

 

バッティングセンターの機械相手に、勝ったも負けたもないけど。

 

負けたとしたら――、自分自身に。

 

 

下向きにとぼとぼ歩くわたしに、

反省の念が、舞い降りてくる。

 

 

――やりすぎだったのかな。

邸(いえ)を、いきなり飛び出すのは。

 

アツマくんに、あることないこと、怒鳴り散らして。

 

……じぶんの日記帳を、勝手に見られただけで、

あんなに血を沸騰させる必要も、たぶん、なかった……。

 

× × ×

 

アツマくんが立っている。

腕を組んで立っている。

腕を組んでるとはいっても、険しい顔つきではなくて、不安そうな顔。

 

「――どこ行ってた」

 

不安そうな顔に、不安そうな声。

 

迫りくる、良心の呵責(かしゃく)。

 

「…バッティングセンター」

「なんのために…?」

「…ムシャクシャしてたから。」

 

あすかちゃんと利比古が、脇で野次馬みたいに、わたしたちふたりのなりゆきを観ている。

つらい。

 

「あのさ」

「……なに」

「やっぱし、おれのほうが、軽率だったわ」

「……」

「おまえだって――見られたくないもの、そりゃー、あるわな」

「……そうね。」

「その――、悪かった。悪かったよ」

「……」

「おっおい、だいじょうぶか!? 愛」

 

「アツマくん、アツマくん……、

 わたし……わたし……」

 

「あ、愛っ、どうしたんだ」

 

「わたし、わたし……」

 

……アツマくんの上半身にもたれかかって、

 

「……つかれた」

 

 

あすかちゃん&利比古の『オーッ』という歓声は……聞こえてなかったことにする。

 

× × ×

 

「――ま、バッティングセンターまで行って発散しようとするところが、おまえらしいよ」

 

仲直りのコーヒーを作っている。

アツマくんのことばは聞こえているけれど、コンロのやかんを眺めて、照れ隠し。

 

「愛。おまえ、左打ちだったよな?」

「…そうよ。筒香と、おんなじ」

筒香を引き合いに出すのかよ」

笑って言うアツマくんに、

「…出すわよ」

と、沸騰寸前のやかんを見ながら、答える。

 

ふたりの仲直りコーヒーをダイニングテーブルに置く。

「あんまり…美味しいコーヒーじゃないかもしれないけど」

「そんなこと、どうだってよかろう」

「……ありがとうっ」

「――照れてんなぁ」

「わたし、きょう――恥かいてばっか」

「そんなことねーよ。必要以上に気にしてんなぁ」

 

シュガーポットに手を伸ばすわたし。

驚くアツマくん。

 

「お、お、おまえがコーヒーに砂糖を入れようとするなんて…!!」

「…疲れすぎたの」

 

砂糖を混ぜたコーヒーをぐいいっ、と飲んでいき、

「でも、このコーヒーで、疲れは飛ぶわ」

 

「そんなもんかなぁ」

「――それで、疲れを飛ばしたあとで、」

「んん?」

 

「夜食、作ってあげる」

 

「やや夜食ッ!?」

「あなた、おなかすいてるんじゃない?」

「言われてみれば……」

「ほら♫」

「……でも、なんでわかった。おれのすきっぱらが」

「さっき、あなたに抱きついたじゃない……そのとき、

『ああ、アツマくん、おなかがすいてるんだ』、って♫」

「抱きついただけで、空腹を察知できるのかよ!?」

「できるわよ」

「嘘だろ…!」

「嘘じゃないから~~♫」