【愛の◯◯】担任教師の優しさと、委員長のジェラシー

 

新年度ということで、当然クラス替えがあったわけなのだ。

 

――児島くんと、違うクラスになることができた。

もう、席が隣同士になることもない。

ひと安心。

 

あ、ミヤジとは、今年度も同じクラスになった。

これで、野鳥コラムの依頼をしやすくなる。

願わくば、ミヤジの書き言葉が、もう少しまともになってほしい。

ヘンテコな日本語に頭を痛めるのは、イヤだから……。

図書カードなら、いつでもあげるから、さ。

なんなら、わたしが日本語の文章の書き方をレクチャーしてあげても、いいんだよ?

正しい文法に則(のっと)った書き方。

自分で言うのもなんだけど、『作文オリンピック銀メダリスト』の肩書きがあるんだから。

ミヤジなら――加賀くんよりは、素直に教わってくれるって、信じてるよ。

 

 

さて、今年度の担任は、二宮先生という、英語の男性教師だ。

二宮先生なので、必然的に、『ニノ先生』というニックネームがつく。

『ニノせんせ~い』と、女子がふざけて先生に呼びかけたりする。

そのたび、

『ったく……。そんな呼び方ばっかりしてると、将来が思いやられるぞ』

と、半分だけ本気で、たしなめるのである。

あと、ニノ先生は、現在30代前半なのだが、

なかなか結婚相手が見つからないのが、生徒の間で話題になっていて、

そういう事情を思うと、先生の背中が少し、くたびれて見えてしまう。

テレビドラマの題名じゃないけど――結婚できない男、っていう、不名誉な現況だ。

 

しばしば生徒にあだ名で呼びかけられたり、結婚できない男だったり、都合の悪いことの多いニノ先生ではあるのだが、

つい先日、こんなことがあった。

 

部活が終わり、わたしが下校しようとしていると、

学校の出口近くの駐車場で、ニノ先生とはち合わせた。

「あっ、ニノ先生さようなら」

「二宮先生、な」

「そうでした、ニノ先生」

「ったくもう……」

 

わたしはそのまま歩いて行こうとしたが、

ニノ先生は立ち止まって、

「なあ、あすか」

「え? なんですか」

 

先生は――気にかけるような声で、

「家での生活で……困りごととか、ないか?」

そう、問いかけてきた。

 

複雑な家庭事情のことを……心配してくれたのだ。

特に、わたしにお父さんがいないことが、気がかりなんだっていう――そういう先生の気持ちを、言葉から汲(く)み取ることができた。

それでもわたしは、

「困るどころか、充実してます」

「でも、居候が何人もいるって」

わたしはあっけらかんと笑い、

「な~に言ってるんですかぁ。

 居候じゃ、ないですよ……。

 みんな、大切な、『家族』です」

そう言ったら、先生は頭をポリポリとかき、

「そうか……。おれは、おまえの実家のお邸(やしき)のこととか、まだ良く知らないが。……うまくやってるのなら、それでいいんだ」

「毎日が、楽しさでいっぱいですよ」

「……言葉だけじゃなくて、おまえの顔も、そう言ってる気がする。楽しいんだ、って」

「わかるんだ、先生」

「なんとなくな……」

 

わたしは身をひるがえし、

「心配してくれてありがとうです、先生」

と感謝する。

「いや、教師の務めだからさ」

「ニノ先生は、教え子のことが、良く見えてるんですね」

「良く見ようとすることも、教師の務めだよ」

「さすがだ。」

 

――先生は、苦笑いしつつも、

「なにか悩みでもあったら、遠慮なく言えよ、あすか。おれは担任だぞ」

「はい、そうします」

 

 

こういうやり取りを交わしたあとで――わたしは学校を出たのだった。

胸が、いくぶん、あったかくなるのを、感じながら。

 

 

× × ×

 

木曜日の放課後の教室。

人はもう、まばら。

 

そろそろ部活に行かないと――と思っていたら、

徳山さんが、自分の席で、今朝発行した校内スポーツ新聞を読みふけっているのが、眼に入った。

 

徳山さんは、2年時同様、わたしのクラスメイトだ。

根っからの委員長気質(きしつ)で、入学以来すべての学期で学級委員長を務めていることで有名だ。

真面目なことに加え、少々キツめな性格なのは、まあ好き好き。

昨年度の秋、生徒会長選挙に立候補までした彼女だが……あえなく落選した。

そのショックを、引きずり続けていないと……いいんだけどね。

 

紙面を、凝視(ぎょうし)している徳山さん。

「ずいぶん熱心に読んでくれてるね」

横から失礼させてもらうわたし。

「素直に、うれしいよ」

「……」

わたしに言葉を返さず、黙々と紙面に向かい続ける彼女。

……紙面の、ある一点に、視線を突き刺しているように見えるのは、気のせい?

 

「徳山さん」

「……なに」

「なにか、気になる記事でも、あるのかな」

 

すると徳山さんは新聞を机に置き、眉間にシワを寄せつつ、

「……サッカー部の記事を読んでいたの」

「ああ、マネージャーの大垣さんにインタビューしたやつだね」

「ずいぶんなロングインタビューだったから、読み応えあった」

「そう言ってくれるとうれしい、徳山さん」

しかし――徳山さんは、眉間にシワを寄せ続けて、

「たしかに読み応えはあった。けれど――」

「け、けれど??」

「――読んでいるうちに、大垣さんの顔が浮かんできてしまったのよ」

「そ、それは……どういう、」

「大垣さんの……かわいい、顔がね……」

「たったしかに、大垣さんはかわいいよね」

わたしなんかより全然かわいい大垣さん、なんだけれど、

徳山さん、眉間にシワを寄せて、

大垣さんに言及してるってことは――、

 

正直、かわいすぎて、ずるい

 

徳山さんが――言い切った。

言い切ってしまった。

間違いない。

嫉妬だ。

ジェラシーだ。

対抗意識も……入ってる??

 

「あすかさん……みんな、教室から出ていったから、言えることなんだけど」

 

ゴクンと息を呑んで、彼女の言葉の続きを待つ。

 

「わたし……ひとことで、嫉妬深いの」

 

「そう……ですか……」

 

「こういうこと打ち明けるのも……あすかさんが初めてかもね」

「……打ち明ける必要性、あったのかな」

「あったのよ」

「どうして?」

「――シンパシー」

「シンパシー、って」

「仲間意識というか、なんというか、ね」

 

そ、

そんな意識、持ってたのか。

気づくわけ――ないよ。

 

「内心では、あなたともっと近づきたくて」

徳山さんはおもむろに、制服スカートのポケットからスマホを取り出して、

「これ、最近機種変したんだけど、

 ちょうどいいから――連絡先、交換しようよ」

 

おぉっ……。

 

「と、徳山さんは、押しが強いね」

「委員長だからよ」

「そんなものかな」

「そんなものなの」

 

さあ早く……と、スマホを差し出してくる彼女。

 

× × ×

 

思わぬかたちで……友だちが、ひとり増えた。

 

大垣さんに妬(や)いてる徳山さん。

だけど――、

徳山さんだって、

ルックスとか、スタイルとか、

『なかなかのもの』がある、と思うよ。

自分では、なかなか気づけないものなのかな?

 

そういう彼女自身の魅力に、気づかせてあげるべきか。

べき、なんだろうけれども。

 

「……友だち関係って、一筋縄じゃいかないね。

 特に……女子と女子。」

 

自分の部屋で、きょう徳山さんと連絡先交換したスマホを片手に持ちながら、

わたしは、独(ひと)りごちるばかり。