【愛の◯◯】『焦がれて悪いか。』とも、彼は……言ってくれない。

 

いわゆる、ロングホームルーム。

週末に迫った体育祭のスケジュールを、委員長の徳山さんが、白板(はくばん)に書きつけていく。

 

「ちょっと!! もっとまじめに話聴いてよ!!」

後ろのほうでペチャクチャしゃべっている男子に向かって、声を張り上げる徳山さん。

「いくら、ウチの体育祭が、伝統的に『ゆるい』体育祭だからって」

そう。

徳山さんが言うとおり、我が校の体育祭は、文化祭と比べて、ノリが軽いというか、雰囲気がゆるゆるしているというか、なんというか――みんな、本気の度合いが、薄い。

そもそも、開催時期がイレギュラーな気がするし。

細かい事情はおいておくとして、あまり盛り上がらない体育祭だし、参加している生徒は半(なか)ばお遊び気分だ。

「――だからといって、当日のスケジュールもあたまに入れておかないのは、論外も論外でしょっ」

たしかに。

段取りぐらいは把握しておいてほしい、という気持ちはわかる。

「几帳面だなー、委員長はー」「スケジュールなんて適当でいいんだよ、どうせ体育祭なんだし」

私語をとがめられた男子は、そう言って反発。

「……『どうせ』!? 『どうせ』って言ったわね」

すごい勢いで怒り始める彼女。

煮えたぎってる。

「そういう態度は、クラス委員長として、許さないんだから」

手に持ったマーカーで、教卓をカンカンカンと叩きまくり、

「スケジュール知らないで、大怪我したって知らないわよ!?」

と怒鳴りつける。

キレ続けられるとめんどくさいことになる…と思ったのか、怒鳴られた男子たちはおとなしく引き下がる。

引き下がりぎわに、男子のうちのひとりが、

「…そんなキツい怒りかたするから、生徒会長になれなかったんだよ」

しかし、そのボヤきが、徳山さんの耳に届いていて、

「なんですって!?」

やべぇ、しくじった……という顔になるその男子に、

「もういちど言いなさいよ!!」

と止まらぬ勢いで怒鳴りたてる彼女。

まあまあ……。

ほどほどに。

 

× × ×

 

「加賀くん、取材行こーよ」

「どこに?」

「サッカー部」

以前より態度が軟化(なんか)した加賀くんは、

「わかった…」

と将棋盤の前から腰を上げ、わたしの取材についていく意思を示す。

「サッカー部じゃなくてもいいんだよ」

からかい混じりに、

「テニス部のほうが、よかったりした?」

揺さぶられて、

「べ、べ、べつにどっちでも」

「じゃあサッカー部ね」

わたしのアドリブに……まだ、慣れてないんだね。

 

× × ×

 

「もう少し、変化に対応できる柔軟さを――」

「なにが言いたいんだよ」

「いきなり『テニス部はどう?』ってわたしに言われて、対応できなかったじゃん」

「あんたが唐突だったからだよ、それは」

「…けしからん態度だね加賀くん」

「……」

「上級生にそんな生意気じゃいけないよ。もっとお利口(りこう)かと思ってたのに」

「……」

「納得しない顔だね」

「……」

「せっかく、前より素直になったと思ったら」

「…ふんっ」

 

それっきり黙りこくる加賀くん。

ま、ほっておこう。

 

サッカー部の練習場所への道中だった。

『もうすぐ美人マネージャーの大垣さんに会えるよ~』

と、からかってみたりするのもアリだな……と思いつつ、

黙って歩く加賀くんを横目でチラチラ見ていた。

 

そしたら、

向こうからこっちに歩いてくる、見覚えのある女子生徒。

 

おー、

徳山さんじゃありませんか。

さっきのロングホームルームでキレ味抜群だった、わたしたちの委員長。

 

春先に連絡先を交換するなどして、急速に徳山さんとの距離を縮めていたわたしは、

「徳山さ~~ん」

手を振りながら、呼びかける。

彼女は足を止め、

「部活なのね、あすかさん」

「取材。」

「サッカー部でしょう」

「正解。」

「また……大垣さん?」

徳山さんが大垣さんにジェラシーを抱いていることを認知しているわたしは、

「ア、アハハ」

と曖昧に反応。

「出来上がった新聞が……楽しみ」

意味深な笑みを浮かべ、

「読ませてもらうからね」

「エ、エヘヘ」

 

ふと、わたしのとなりがわに、眼を向けて、

「アシスタントさんがいるのね、きょうは」

「うん、そうだよ。2年の加賀くん」

「2年なら、副部長?」

「よくわかったね」

「だってあすかさん言ってたじゃない、2年生もひとりだけだって」

「言ってたっけ」

「言ってたから。簡単には、忘れない」

それから、顔を少し傾け、じっくりと加賀くんに視線を据(す)えて、

「――将棋の記事を書いてる子でしょ」

穏やかな視線を保ちつつ、

「そうよね?

 …加賀くん、こんにちは。

 よく読んでる、あなたの将棋記事。

 将棋欄の存在は地味だけど……最近の校内スポーツ新聞には、欠かせなくなってる、わたしはそう思ってるよ。

 これからも、がんばってね」

 

お返事できない加賀くん。

 

こんにちは、ってあいさつされたんだから、あいさつぐらい返したらどうなの……? と思いつつ、加賀くんの様子を見ていた。

 

自分の担当の将棋欄をほめられて、うれしくないわけないはず。

もしや、ほめられた反動で、お返事できないような精神状態になっちゃっているのか。

 

……どこまで、年上の女子に対して、ドギマギするのやら。

 

 

 

「じゃあね」と徳山さんは去っていった。

 

ふたたび、歩き出しながら、わたしは加賀くんへの不満を言い募(つの)っていく。

「もう、ほんとに。

 ひとこともしゃべらないんだから。

 徳山さんだって困っちゃうよ。

 せっかく加賀くんを、ほめてくれてたんだよ?

 将棋欄が、ああいうふうにほめられるなんて、なかなかないことでしょ。

 もっと、うれしがったりさあ…。

 あんなに無反応だと、おかしな空気になっちゃうじゃん。

 ――1学期が終わるまでに、キミには単独で取材で行けるようになってほしい、って考えてたんだけどな。

 先輩であれ、女子であれ、だれであれ、もうちょい、ちゃんとした応対の仕方を、わたしはキミに――」

 

――って。

 

ひたすら歩きながらグチグチ言っていたら…、

 

加賀くんが、

ついてきて、いない。

 

いつのまにか、わたしの横から、消えていた。

 

振り返ると、

徳山さんに話しかけられたところに、立ったまま。

 

つまり、

加賀くん、

徳山さんに話しかけられたあと、

いや、徳山さんに話しかけられている段階から、

ずっと、棒立ち状態。

 

 

「…お~~い??」

 

たまらずわたしは声をかけ、気づかせようとするが、

わたしに向かい、歩き出すどころか、

反対方向、

つまり、

徳山さんが去っていった方角を、

棒立ちのまま、見やるだけ。

 

これは大丈夫ではないのかも、と思いつつ、彼のほうに近づく。

 

――本気で名残惜しそうに、徳山さんが去った方角を、見続けている。

 

それは、

たとえるなら、

焦(こ)がれているひとと、うまく話すことができなかったのが悔しくて、

こんどいつ彼女と会えるだろうか、と、

焦がれる彼女への想いを募らせて、

ただじっと、遠く見えなくなった彼女を――追い求め続け、

気持ちを、静かに燃やし続けている……。

 

つまりは、徳山さんへの、思慕(しぼ)、だってこと。

 

 

……どうして!?!?

聞いてないよ、そんなの。

加賀くん。

加賀くんっ。

いったい、いったい、

なにが、きっかけで!?

 

どうして、徳山さんに……!?!?

 

サッカー部のこと、完全忘却。

いま、世界でいちばん取材したいのは……、

加賀くんの、こころのなか。