きょうから、6月!
――はい。
× × ×
まだ、本格的にジメジメしていない。
助かる。
セーラー服が、ジメッとした空気で、ジトッとしてくると、いろいろと困るよね。
さて。
火曜の放課後。
わたしはあえてスポーツ新聞部に直行するのではなく、中庭に歩いていった。
空を見上げているクラスメイトの男子がいる。
宮島くん――通称『ミヤジ』である。
「ミヤジ~~」
「う、うわっ、ビックリするじゃないか、あすか」
「――鳥が飛んでたの?」
「うぐ」
「――飛んでたんだよね、鳥が」
「――さっきまで」
「ずいぶん名残惜しそうに、空を見上げていたね」
「…そう見えたか?」
右手につかんだ双眼鏡を、わたしは見逃さなかった。
「ちょうどよかった」
「なにが」
「いいタイミングで、ミヤジ見つけられた」
「そんなこと言って…どうせ、放課後、僕が来る場所をあらかじめ知ってたんだろ」
「…なんでバレたんだろ」
「バレバレだ」
「くやしいなぁ」
「ほんとに悔しがってんのか?」
わたしも、鳥たちが飛び去っていった空を見上げながら、
「ここにわたしがやって来たのはワケがあるの」
「――野鳥コラムの執筆依頼」
「するどいね。どうしてそんなにするどいの」
「真っ先にそれを予想するだろ、ふつう」
「お見通し、か。
…新入部員も入って、校内スポーツ新聞の紙面も、充実してきてるんだけど。
『アクセント』がさ、『アクセント』が、欲しくなってくるんだよねー」
「『アクセント』?」
「彩(いろど)りを添えてほしいの。ミヤジの、野鳥コラムで」
「――でも、僕が書いたって、どうせ『おまけ』にすぎない扱いなんだろ?」
「『おまけ』は大事だよ!」
「『おまけ』であることは、否定しないのな……」
「まさか、渋(しぶ)ってんの!? ミヤジ」
「『おまけ』扱いだと、モチベーションが……」
「だから、『おまけ』は大事だってば!!」
ミヤジの態度が頑(かたく)なだから、距離を詰めて、
「どうしても……ダメ? わたし、キライになっちゃったの……? ミヤジ。断られたら、泣いちゃうよ」
と、演技する。
うろたえてる、うろたえてる、ミヤジ。
効いてる、効いてるぞ~~。
「それに……図書カードも、あげちゃうんだよ?」
畳みかけのわたし。
『図書カード』という重要ワードが出た途端、ハッ! とするミヤジ。
「ミヤジ。鳥の図鑑、買いたいんでしょ? 図鑑買うなら、もうちょい図書カードを貯(た)めこまなきゃダメだよね」
「……」
「書いてよー、どんなに日本語が乱れてたっていいから、わたしがどうとでも修正するから」
「……。
修正、してくれよな……?」
「お。
ミヤジが、とうとう降伏した」
× × ×
「おまえと渡り合ってると疲れるよ」
ミヤジはベンチに弱々しく座っている。
屈服させた勢いで、わたしは立ち続け、余裕しゃくしゃくでミヤジを見下ろしている。
「はぁ」とミヤジのため息。
「体力ないね」とわたし。
「おまえがありすぎるんだろ」
「べつに、わたしは疲れるようなことしてないよ」
「体力というか……エネルギー、なのか」
「エネルギー?」
「僕を説得でコテンパンにするエネルギー」
「あー、そういう種類の」
「いったいどこから、そんなエネルギーが湧(わ)きだしてくるのか……」
「じぶんでも、わかんない」
「ひそかにスポーツで鍛えたり、してんじゃないのか?」
「スポーツなんか、してないよ」
「……じゃあ、バンドのギター、か」
驚いた。
「ミヤジ知ってたの!? わたしがバンドでギター弾いてるって」
「さすがに知ってるよ。去年の文化祭とかさ…ほら」
「観てたの? 去年の文化祭の演奏」
「観てはない」
「え。観てなかったら、どうして」
「演奏してた、ってことだけ――耳に入ってきてた」
少し、ミヤジは目線を上げ、
「僕……あすかがギター弾いてるとこなんて、想像もつかなくって」
「だったら、観てよ」
「観るっつったって」
「『百聞は一見にしかず』じゃん」
「えっ……なにそれ、どんな意味」
「『とにかく観てくれないと、なんにも始まんない』ってこと!!」
「……観せたいの? 僕に、ギターの演奏」
「観せたい」
「なんで」
「わたしたちの演奏聴いたら、ミヤジのモチベーションが上がる。ミヤジのモチベーションが上がったら、野鳥コラムを書くことに、もっと前向きになってくれる」
「……強引に、野鳥コラムに結びつけたな」
「――来る? ライブハウス」
「ええっ、いきなりな」
「近いうちに、演(や)る予定なんだ、ライブハウスで」
「文化祭のときでいいじゃないか」
「なにいってるの!?」
「な、なんだよっ、怒ってんのか!?」
「文化祭までだと、間(ま)が空(あ)きすぎるでしょーがっ!!!」
「…せっかちだな、おまえも」
「ぜんっぜんせっかちじゃないよっ。とにかくとにかく、1学期のうちに、わたしたちの演(や)ってるとこを、観てもらう」
「ライブハウスとか、どんな場所なのか、なんにもイメージできない…」
「そこは、教えてあげるから」
「…高校生が、入っていいとこなのか?」
「ぜーんぶ説明するから。ぜーんぶ」
「ぜーんぶ、ねぇ…」
わざとらしくわざとらしく、咳払いをして、
「あのね」
「ん?」
「これだけは、この場で『おことわり』しておくけど」
「なにを?」
「――このブログは、フィクションです。実在のうんたらかんたらとは、関係がございません。たぶん」
「お、おいあすか、気を確かに――」
「――確かだよ? 気」