朝帰りに至った経緯。
× × ×
土曜日の夕暮れ。
音楽フェスがフィナーレを迎えた。
会場であるミヤジの大学のキャンパスの出入り口に向かう。
右横にはミヤジがいる。
「…ありがとう。ミヤジ」
わたしは感謝。
「このフェスに誘ってくれて、ありがとう。この夏いちばん、熱くなれた…」
「熱くなれた…か」
「うん。アツかった。ホント」
「それは良かったよ」
「――生音は違うよね、やっぱ。スタジオ音源だけじゃ感じ取れない『音』もあって」
「思ったよ、僕も――ふだんサブスクリプションサービスで聴いてる音楽とは、別物だった」
「ライブの魔力だよね」
「魔力…」
日暮れの空を見上げて、
「わたしも頑張らなきゃ…って思った。…ううん、正確には、わたし『たち』も」
「…あすかのバンドのこと?」
「そ」
「…ギターだよな、おまえ」
「そだよ」
「ギターの演奏も、参考になったとか?」
「うん。大いに」
今日のステージを回想しつつ、
「わたしより上手いギターの人、たくさんいたし」
と言う。
「世界は広いんだよねって……。当たり前の当たり前なんだけどさ」
そう言って、ほっぺたを掻くわたし。
「自惚(うぬぼ)れとか、しちゃダメだな……って思った。もっと謙虚に学んで、わたしのギターを向上させていきたい」
そう言うと、ミヤジが、
「おまえって……そんなに真面目だったっけか」
と。
あのねー。
「あのねー。あんた、わたしのこと、ちょっと誤解してない!?」
「い、いや。そんなつもりで言ったんでは……」
「そんなこと言うんだったら、この瞬間から、わたし不真面目になる」
「あすか!?」
「……踏んづけたくなってきちゃうじゃん。ミヤジの左足」
「な、なぜにっ」
……。
わたしは。
思い切って。
「不真面目ついでに言うよ」
「……なにを」
「二次会やろーよ。
もちろん、ミヤジのマンションの部屋で」
× × ×
フェスでテンションが上がっていたわたし。
今から邸(いえ)に帰ったって、おねーさんと兄貴のラブラブを邪魔するだけだし。
それに兄貴とは微妙にケンカしてるみたいになってるし。
それと。
テンションの上昇も相まって、ミヤジがどんな暮らしをしてるのか? っていう好奇心が――抑えきれなくなっていたから。
× × ×
近くのコンビニで買い出しをしてからマンションに入った。
――思った以上に清潔な室内だった。
「予想外。ちゃんと掃除してるんだね、ミヤジ」
「…するよ。掃除ぐらい。
……それに」
?
「ひょっとしたら、今日フェスが終わったあと……おまえが、僕の部屋に来たい、とか言い出すんじゃなかろうか、とも……思ってたから」
マジで。
「それは用意周到だったねえ~~、ミヤジくん」
「からかうなっ、あすかっ」
「からかうよ。
からかうついでに言うけど――、このお部屋、家賃ゼッタイ高いでしょ」
「そ…それはどうかな」
「教えてよ、家賃」
「……」
「教えてくれないと、わたし泣いちゃう……」
「……アホか。泣く必要がどこにあるか」
捨て台詞のように家賃を開示するミヤジ。
「宮島家って……もしかして、『太い』??」
「どうかな。おまえの実家ほど太くはない、っていうことだけは言えるけどな」
「お坊っちゃんかー、ミヤジ」
「……おまえこそ」
「わたしはお嬢さまでもなんでもないよん♫」
「説得力皆無なこと言うなよ。じぶんの置かれた立場をもっと自覚せーや」
イジワルだなー。
「イジワルだねえ、ミヤジ」
「…どういう意味」
「意味なんてないけど」
「オイッ」
「わたしがお嬢さまなんだったら…買ってきたお菓子、独り占めしたっていいよね??」
「り、理解不能なことを…」
わたしはお菓子の入った買い物袋を抱きしめる。
ふたり、床座り。
ミヤジの手前に三ツ矢サイダーのペットボトルをどん、と置いて、言う。
「飲もうよ」
「……僕には三ツ矢サイダーだけか」
「今夜は、独り占めしたい気分なの」
「お菓子を?」
「お菓子を」
「太っても知らないぞ」
「大丈夫だよ。フェスでカロリー消費したから」
「呆れるぞ」
「勝手に呆れてたら?」
「チッ」
ミヤジの舌打ちに、声を出して笑ってしまう。
「は、はやくペットボトル出せよ、コーラのボトル。二次会がいつまで経っても始まらなくなる」
「ゴメン、ゴメン」
ビッグサイズのコーラのボトルを両手で持ちつつ、
「来年は、ソフトドリンクが……アルコールになってるのかな」
と、しみじみと言う、わたし。
「??」
「ミヤジ」
見据えて、わたしは、
「ハタチになったら……あんたとカンパイしたいよ」
と告げる。
押し黙るミヤジ。
「――わたし、なにかヘンなこと言った??」
「――べつに」
ふうーん。
…ミヤジの目前に、にじり寄る。
ミヤジの三ツ矢サイダーに、わたしのビッグサイズコーラをぶつける。
至近距離になったからか…彼は眼を逸らす。
× × ×
こうして二次会はスタートした。
Spotifyでいろんな音楽を流しまくった。
流しまくる音楽を肴(さかな)に、ふたりきりで語り合った。
音楽のことはもちろん――ミヤジの不動の趣味である野鳥観察のことについても。
気づいたことは、野鳥観察が、彼にとって「生きがい」の領域に達しているということ。
いいことだ。
野鳥を愛するミヤジのことが、ステキだと思った。
心から。
ミヤジとふたりっきりで居るこの空間も、ステキだと思えてくる。
帰りたくないな。
もっと居たいな。
想いは、強まって。
だから――わたしの好きな楽曲を、ありったけ、Spotifyで再生させ続けて。
――「その時」が来たから。
わたしは、「告白」するのだ。
「……ミヤジ。
終電、なくなっちゃった」