「――5月下旬っていうのは、ちょうどいいタイミングだったと思います。まだ、我慢できるぐらいの暑さでしたし」
「では、今後も、体育祭は、同じ開催時期で続けていきたいですか?」
「続けていきたいですね」
次の質問。
「体育祭当日で、対処に困ったことはありましたか?」
「それは、トラブルかなにか……ということでしょうか」
「そうですね」
「『あいにく』、なにごともありませんでした」
「そうでしたか……無事で、なによりです」
「トラブルを期待してましたか?」
「んーっ、と…」
「…事件や事態が起こったほうが、新聞屋さんとしては、好都合なんじゃないの? 記事ネタにできるし」
タメ口に変化して、小野田生徒会長はわたしにそう迫ってくる。
ぐうの音(ね)も出ない。
「…あすかさん、敬語とか、堅苦しいやり取りは、やめようよ」
「そ、それもそうだねっ、小野田さん」
「ごめん、『新聞屋さん』なんて、軽はずみに言っちゃって」
「いいんだよ。新聞系のクラブ活動なんて、小野田さんが言うみたいなもの。だれかに疎(うと)まれても、仕方ないようなこと、やってるし」
「卑下(ひげ)しすぎじゃない? あすかさん」
「んん……」
「スポーツ新聞部アンチなんか、ほっとけばいいのに」
眼を細め、微笑して、おだやかな口調で、おだやかじゃないことを言う。
これが…わたしたちの、生徒会長。
「生徒会は、みんな、スポーツ新聞部には好意的だよ」
それはよかった。
生徒会室で、小野田会長と面と向かって、取材中。
小野田さんは去年の生徒会長選挙で、わがクラスの徳山さんを下(くだ)し、会長の座についた。
小野田さんと徳山さんの勝負を分けたのはなんだろう…といまだに思ったりする。
小野田さんのほうが、徳山さんより、人気があったから…というのも、小野田さん当選の根拠として、有力だろう。
いつも強気な徳山さんとは対照的に、小野田さんは終始おっとりとしている印象だ。
そこが生徒たちのハートを掴んだのかもしれない。
とりわけ、男子……。
徳山さんが嫌われているわけではない。
相対的な人気で、小野田さんが上回っているのだ。
『完全なる徳山派』、という人間が、『身内』にいることを――この前、知ってしまったけど。
彼は、徳山派というか、徳山さんファンという領域を通り越して……おっと。
生徒会室に来てるんだった。
生徒会のことを、述べなければ。
おっとりとしてるけど、時に腹黒な小野田会長のかたわらに、副会長の濱野くんが立っている。
濱野くんも3年生。
長身で、髪長めの、ハンサム。
女子には、小野田さんそっちのけで、人気が出てそうだ。
小野田さんと並び立つ存在感……それが、濱野くんである。
わたしは……、
とくに、ときめいたりは、しないけど。
漫画だったら、コテコテの描写ではあるが、いかにも親衛隊みたいなものが出来ていそうな――そんな男子だ。
でもわたしは惹かれないな。
え、
なぜって??
――女心も、いろいろだよ。
あとは、書記の丸山くんが、会長・副会長とともに生徒会室にいる。
2年生だ。
副会長とは逆に、いくぶん小柄で、地味な存在の男子。
地味な存在ではあるけども、たぶん、小野田さんや濱野くんの後継者に、やがてはなっていくんだろう。
「それじゃ、きょうの取材、終わり。わたしが原稿書いて、また、ここに持ってくるから。そのときは原稿をチェックして」
そして踵(きびす)を返し、生徒会室から出ようとするわたし。
「え。あすかさん、もう帰っちゃうの?」
引き留めようとしたのは濱野くんだ。
「用は済んだし……」
「コーヒーでも飲んでいけば」
たしかに、インスタントコーヒーを入れた瓶と、電気ケトルが生徒会室にはあった。
「お気づかい、ありがたいけど――いまは、コーヒーって気分じゃないかな」
「じゃあ、ジュースはどう? コーラとかファンタとかもあるよ」
小さな冷蔵庫まで生徒会室には置かれていた。
「ごめん濱野くん。それも遠慮しとく」
「――清涼飲料水、控えてたりとか?」
「まあ、そんなとこ。節制(せっせい)してるの」
「節制、って、あすかさん全然太って――」
すかさず小野田さんが、
「こらこらっ、濱野くん、デリカシーのないこと言うんじゃないの」
「うぐ…」
痛いところを突かれる濱野くん。
「濱野くんは、デリカシーのなさが、玉にキズだね」
と、おだやかに、小野田さん。
「副会長の立場なんだから、不用意な発言は、ほどほどにね?」
100パーセントのおだやかさで、やんわりやんわり、濱野くんをたしなめていく。
濱野くん…。
口が軽い、というより、
思わず余計なことが口から出ちゃうタイプか。
口が軽くて、チャラチャラ…とは、ちょっと違うな。
× × ×
かくして、スポーツ新聞部活動教室に戻ってきた。
将棋盤に棋譜を並べる加賀くんに、
「こんど、キミも、わたしといっしょに、生徒会室に行ってみない?」
と揺すりをかける。
「なんでおれが」
「会長の小野田さんに、インタビューしてみようよ」
「おれが?」
「キミが。」
加賀くんは棋譜を並べ続け、
「気乗りしねぇ」
「どーして? 小野田さんと面と向かってしゃべれるんだよ?」
まーったく表情を変えずに、
「それがいったい、なんなんだ?」
と加賀くん。
まるで、
小野田さんという『先輩の女子』のことなんか、気にも留めてない感じ。
徳山さんには、あんなにときめいてるのに。
そうかぁ……。
いくら『年上のお姉さん』でも、小野田さんは『ストライクゾーン』じゃないんだね、
加賀くん。
徳山さんだったら、
ストライクゾーン、ど真ん中……なのにねぇ。
「…気色悪い。不気味な笑い顔、作りやがって」
「そして…わたしも、『ストライクゾーン』ではない、と」
「ハアァ!?!?」
まあ、わたしだって、
あんなにモテそう、というか、モテてる、濱野くんは、
ぜーんぜん、『ストライクゾーン』じゃ、ないんだしねえ。
『ストライクゾーン』は……人それぞれ。
それを、ますます、きょうは実感。