【愛の◯◯】利比古くんの『平等院鳳凰堂』発言が、勉強会の出鼻をくじく

 

GW4日目!!

 

……ダレてきた?

 

× × ×

 

バカ兄(あに)の部屋の掃除に手こずって、ぐったりときた。

 

ひと晩寝て起きても、ぐったりが尾を引いている。

 

みっともなくも、リビングのソファでだらけていたら、

「――利比古くんだ。利比古くんが来た」

「あすかさん」

「あすかだよ」

「……あすかさん、ぼくをつかまえて、おしゃべりタイムに持っていく構えですか?」

「否定できない」

「しょうがないですねえ……」

 

しょうがないですねえ……か。

利比古くんも、言うようになったなー。

 

「ソファ、座って」

「わかりましたよ」

 

わたしの、向かい側に、着席。

ある筋では、対面(トイメン)、というらしい。

 

そんなことはともかく、彼はだらけきったわたしをひと目見たら、

「――もしかして。きょう、みどりの日だから、グリーンの服を着てるんですか?」

んっ……。

「意識してないよ。偶然、グリーンを選んだだけ」

「ほんとですかね」

「疑うの」

「いえ、別に」

「グリーンが特に好きってわけでもないし」

「そうなんですか」

「グリーン、か。

 グリーン、といえば……」

「なんですか?」

「電車で、グリーン車ってあるじゃない」

「はい」

「あの、グリーン車のマークってさ、」

「はい」

「グリーンを標榜してる割に……どう見ても黄緑色で、なんかグリーンっぽくないよね」

「……はぁ」

「つれない反応ね」

「つれない反応にも、なっちゃいますよ」

「ごめん……わたし少し疲れてるから、どーでもいいこと言っちゃう」

「……いいんじゃないですか?」

 

利比古くんが、笑ってくれる。

屈託のない、笑顔。

 

こんな笑顔もできるんだ――って、思わずハッとする。

 

――疲れてるからかな?

利比古くんの笑顔に、気持ちを持っていかれるなんて。

 

強引に、話題を変えようとして――、

「――利比古くん、宿題は終わったの?」

「もうすぐ終わりそうです」

「ああ、わたしもそんな感じ」

「あすかさんは3年で受験生ですから、宿題が多くてハードじゃないんですか?」

「まーね」

「……あの。

 以前、ぼくとあすかさんで、お勉強会をひらく、っていうことになってましたよね」

「戸(と)ゼミね」

「はい。戸部邸ゼミナールの略で」

「あなたが英語を教えてくれる代わりに、わたしは国語と社会の『講師』になる」

「そんな感じでしたね」

「――やる? やってみる?」

「え? いまですか??」

「利比古くん、どんな宿題が残ってるの」

「現代文と、日本史です」

「わたしは、手をつけてない英作文の問題がある」

「じゃ、ちょうどいいですね……ぼくは英作文を手伝う。あすかさんは現代文と日本史の課題を手伝ってくれる」

 

× × ×

 

互いに宿題を持ち寄った。

 

カーペットに腰を下ろし、さっそく互いの宿題を見せっこする。

 

「英作文の問題は、最初わたしが自力で解いて、わかんなくなったら利比古くんにヒントもらうよ」

「わかりました。ぼくはぼくの課題をやってます」

 

英作文の問題数……多いなあ。

もちろん、自由英作文ではない。

でも、英文読むより、英文書くほうが、確実に難題だから。

担任の二宮先生――『ニノ先生』が、出した宿題。

『なんだあすか、おまえ英作文、てんでダメじゃないか』とか――ニノ先生に言われるの、イヤだ。

抜き打ちで、白板(はくばん)に英作文書け、とか言ってくるんだよね。

ニノ先生のゲリラ戦法。

意外と生徒に優しくない授業なのだ。

 

――授業で、ぶざまな英作文を書きたくないから、

利比古くんの助けだって、借りてみたい。

 

「利比古くん、ヘルプ」

「えっ、もうですか」

「ヘルプったらヘルプ!」

「どれどれ…」

 

身を乗り出し、わたしの手元の宿題を見てくる。

距離……近いな。

生徒と講師の距離が最も近い、ゼミナール……。

 

「…あすかさん、仮定法が苦手ですか?」

 

するどい。

 

「よくわかったね。でも、仮定法なんてみんなが苦手でしょ」

「そこがぼくには、どうもよくわかんないんですが……」

「それはあなたがバイリンガルだからだよ」

「あー」

「……気の抜けた声出さないで、早いとこヒント出して」

 

× × ×

 

「――次は、利比古くんがヘルプ求める番だよ」

「日本史の課題が、いちばんやっかいなんです」

「どんな課題?」

「レポートみたいなのを、書けと」

「へー、面白い課題だね、日本史で」

「テーマが、天平文化(てんぴょうぶんか)の仏教美術

「うわ面倒くさっ」

「…とても素直な反応、ありがとうございます」

「…要するにさ」

「はい…」

「レポートみたいなの、って利比古くんは言うけど、作文書け、ってことでしょ!?」

「作文とレポートでは、性質が……」

「高校2年だったら、同じだよ」

「強引な」

「強引で押し切るよわたし。作文だったら、わたしの独壇場」

「まあ……そうですよね」

「文字数も多くないみたいだし」

「あくまで、あすかさんじゃなくて、ぼくが書く文章なんですけどね」

「そうだね」

「アドバイスで、いいんで……」

「おまかせあれ」

 

天平文化仏教美術、か。

 

「――よし、こうしてみよう。

 利比古くん、『天平文化』で、思い浮かぶワードを、2つ言って」

「キーワードから、文章を導く――って感じですか」

「ものわかりいいね」

「どうも」

「さすがだ。

 ――で、天平文化に関して、なにが思い浮かぶ?」

「……まずは、平等院鳳凰堂

 

て……天平文化じゃ、ないじゃんっ。

 

利比古くんさあ。

いきなり……それは、ないよ!?

 

「……」

「どうしました? あすかさん」

「利比古くんは、赤点は、取らないんだよね」

「取りません」

「……疑わしいよ、正直」

「えっ?」