「あら、お嬢さま、半袖Tシャツ1枚で出かけるなんて、珍しいですね」
「そうかしら?」
「そうですよ」
「これは、バイト仕様」
「バイト仕様?」
鈍いわね、蜜柑。
「毎週日曜日は、ミニ四駆大会だから――ミニ四駆大会『らしい』服装で、バイトに行くのよ」
Tシャツは、自分で作った。
表には、タ◯ヤ模型さんのマーク。
裏には、『GREAT JAPAN CUP(グレートジャパンカップ)』という文字を入れて。
――えっ?
『そんなTシャツ、いったいどうやって自分で作ったんだ』って?
――企業秘密です。
「タ◯ヤさんのマークがついてる帽子までかぶって――」
蜜柑のご指摘。
わたしは、タ◯ヤさんマークの帽子を人差し指でちょん、と触って、
「この帽子をかぶったら、さらに『気分』が出るでしょう?」
「……どんな『気分』ですか」
呆れ気味の蜜柑。
ほんとうにもう。
「ミニ四駆大会の気分、に決まっているでしょう」
「……その帽子も、お嬢さまが自分で作られたんですか?」
「フフッ」
「なんですかその含み笑いは」
「企業秘密。」
「企業秘密で押し通すのは自重してくださいよ……」
× × ×
まあ、こんな出で立ちで、バイト先に出向いたというわけ。
おかげさまでミニ四駆大会は大盛況で、
タ◯ヤさんTシャツとタ◯ヤさんキャップでバイトに臨んだ甲斐があったというもの。
楽しい楽しい模型屋さんバイトである。
× × ×
「お疲れさまでした」
帰宅して、普段着に着替えて、自分の部屋でゆったりまったりしていたところに、蜜柑が押しかけてきていた。
「とりあえず、ねぎらってくれてありがとう、蜜柑」
「わぁ、お嬢さまにねぎらいを感謝された」
「……どうしてそんな意外そうな顔なの?」
「だって、さいきん、お嬢さま、わたしをよくイジメてくるし」
「……なにそれ」
「感謝されるなんて、思ってもみませんでした」
「わたしをイジメっ子みたいに認識してたわけ? 心外ね」
「火曜日とか、ヒドかったでしょ」
「火曜? 愛ちゃんを呼んだ日?」
「そーですっ。お嬢さま…アカ子さん、わたしにあることないこと言って、イジメてたでしょっ」
「……うーん」
「思い当たる節、ありますよね!?」
「……」
「お、思い当たってくださいよおっ」
「――水に流してくれない?」
「ひ、ヒドい。なんたる開き直り」
「今後は――もう少し、あなたに対して優しくなるわね」
「説得力が……」
「――バイトはきょうも楽しかったわ」
「話題を急に変えないでくださいっ、どんだけ開き直るってんですかっ」
「ミニ四駆大会のために、小学生がたくさん来て」
「……小学生たちとのふれ合いが、楽しかったと」
「そう。ふれ合って、楽しかったのよ」
「アカ子さんって……そんなに子ども好きでしたっけ?」
「そこを疑うわけ?」
「素朴に疑ってますが」
……あのねぇ。
「……ムカッと来ちゃうこと、言わないでよ」
「ムカつかせちゃいましたか」
「……」
「わるかったですよー」
「…まあいいわ」
「寛容でなにより」
「…参加者は、男の子のほうが、やっぱり多いんだけれど」
「ハイ」
「生意気盛りの年ごろでもあって」
「ほほぉー」
「遠慮なく、なんでも訊いてくるのよ。『そんなこと言っちゃダメでしょう?』的なことも」
「気になりますね……どんな質問を、アカ子さんにぶつけてくるのか」
「気になる? 残念だけど、あなたには、教えてあげないからね」
「エーッ、なんでですかぁ~、わたし残念すぎますぅ~」
「企業秘密!」
「……企業秘密、とか言ったって、ハルくんにだったら、教えるんじゃありませんか??」
「……どうかしらねぇ?」
「――ハルくん、といえば。」
「なによ」
「ハルくんは、どうなんですか? ハルくんも、バイト始めたりとか、してないんですか??」
「強引に、ハルくん絡みの話題に、持ち込むんだから、蜜柑は……」
「ごめんなさいねぇ」
生意気な顔だこと……。
「……でも、よくぞ訊いてくれました、って感じだわ」
「おおぉっ!?」
「蜜柑っ! リアクション! 大げさ!!
――まあいいけれど。
ちょうどね、ハルくん、きのうから、バイトを始めたところで」
「タイムリーじゃないですかあ」
「――どこで、バイトし始めたと思う?」
「――それは、わたしにクイズなんですか?」
「せっかくだから、クイズにしないと、面白くないじゃない」
「当ててほしいと」
「ノーヒント、でね」
「ふむむ」
「はい、シンキングタイムスタート」
「ふむむむ…」
真剣に考え込む蜜柑。
「そうねえ……お情けで、ひとつなら、ヒントを出してもいいかしら」
「いいえノーヒントで」
「……意地があるのよね、あなたにも」
真剣すぎるぐらい真剣な顔になった挙げ句、
「――カラダを使う系なのは、間違いないと思うんですけど」
「使うわね。力仕事できないと、務まらないのかも」
「もう少し、ヒントを」
「ノーヒントはやっぱり無謀だったようね」
「…くやしいですけど」
「じゃあ、大ヒントよ。
――食材を扱うお店なの。彼の仕事場は」
「……、
お肉屋さん?」
「惜しい」
「なら……お魚屋さん」
「絶妙な不正解ね」
「――わかっちゃいましたよ。
八百屋さんなんでしょう」
「はいっ、ご名答」
「……はーっ」
「どうしてため息をつくの?」
「なんか、一生懸命考えた甲斐がないような気がして……」
「ただのクイズじゃないの」
「クイズにしたのはアカ子さんでしょっ!」
「ずいぶんとムキになるのねぇ」
「やっぱりイジワルですっ、アカ子さんはっ」
「はいはい」
「……なんだか、思い出してきました」
「?」
「……アカ子さん、子どものころから、わたしが到底答えられないようなクイズを出してきて、イジメてましたよね?」
「?」
「キョトンとしないでくださいよっ、おぼえてらっしゃらないんですかあっ」
「――あいにく」
「それでケンカに発展したことも、けっこうあったと思うんですけどおっ!!」
「ケンカに? …たしかに、ケンカはいっぱいしてきたけれど」
「…ですよね。どっちがたくさん泣きベソかいたか、っていうぐらいに」
「なつかしいわね」
「……どうですか? 思い出してくれましたか?
『お嬢さまの無茶振りクイズで大ゲンカ事件』」
「――そのネーミングはなんなの」
「思いつきなだけですっ」
「――」
「お嬢さまあっ」
「――蜜柑」
「や、やっと、思い出して――」
「いいえ?」
「む、無慈悲な……!」
「ざんね~ん」
「……泣かせないでぇっ」