「今週お嬢さまがヒドいんですよぉ、さやかさーん」
「ヒドい? どういうふうに?」
「下品なことを言って、わたしをからかってくるんです」
「えー。ダメじゃん、アカ子。蜜柑さんをいじめちゃ」
アカ子は黙って紅茶をたしなみ、
カップを置いてから、
「…仕返しよ。ふだん、わたしをからかってくる分の」
「あんたもずいぶん面倒くさいんだねえ」
「…そうかもしれないわね」
不敵に笑う。
アカ子が悪い子になったら――戸惑っちゃうよ。
「きのう、愛が来たんでしょ? どうだった?」
「充実したキャンパスライフを送ってる感じがしたわ」
「そりゃ安心だ。リアルに充実してるみたいで、なにより」
「さやかちゃんはどうよ」
「愛ほど充実はしてないと思うけど……ま、そこそこ楽しいよ。さすがに、勉強は、レベル高いけど、ね」
「私大文系とはまた、違うわよね」
「まあね」
「サークルは?」
「あー、入ってないや」
「バイトは?」
「…どうしよっかなー。やるつもりでは、いるんだけど」
「わたしは始めたわよ」
「模型店でしょ? ――ギャップが、すごいよね」
「そう感じちゃう?」
「模型店でバイトする、社長令嬢っていうのが」
「……そういう社長令嬢がいても、いいじゃないの」
アカ子の、言うとおりかも。
「お店のほうからのオファーだったようです」
と、蜜柑さんが言う。
「お嬢さまのほうでも、たいへん乗り気で、すぐに承諾して」
「へぇ~」
「子どもが、たくさんお店に来るのよ」
「そうだよね。模型店なんだし」
「ミニ四駆の大会がある日とかは、とくにね」
「――チヤホヤされてんじゃないのぉ? 子どもたちに」
「わたしが?」
「だって、アカ子なんだし」
「なによぉー、それー」
アカ子は苦笑して、
「べつにチヤホヤされてなんかないわよ。ただ……」
「ただ?」
「店番をしていると、小学生の男の子が、話しかけてきたりするのよね」
「アカ子に興味しんしんなんだよ。やっぱ」
「生意気なところもあるけれど」
「……おだやかじゃないなあ」
「でも……かわいいわよ」
目を細めて言うアカ子だった。
「ところで、」
わたしは少しだけ身を乗り出し気味にして、
「これは、ぜひとも聴いておきたいことなんだけど、」
「――なあに? さやかちゃん」
…まるで、アカ子は、訊かれるのを待ってたかのように、口もとを緩めて、
「ひょっとしたら――ハルくんとのことを、知りたいのかしら」
ばれたか。
「ドンピシャ。ハルくん情報」
「さやかちゃんもしょうがないわねえ」
「ごめんねぇ、しょうがない親友でさ」
「――ハルくんと、会うこと自体は、多いんだけれど」
「――物足りないことでも、あるの?」
「物足りないというか、わたしが残念に思うのは――なかなか、彼とふたりだけで、ゆっくりできないのよ」
「ふたりだけの濃密な時間が、ほしいわけ?」
「さやかちゃん、『濃密な』、は余計」
「はい」
「――この前もね。やっと、ハルくんのおうちで、ハルくんとふたりっきり! って機会がやって来たと思ったのに、邪魔が入って」
「ふたりっきりのところに――だれかがおジャマしてきた、とか?」
「冴えてるわね、さやかちゃん」
「言ってなかったアカ子? ハルくんの従姉妹のひとが、七面倒くさい、とか」
「そう……その、七面倒くさい椎菜さんが、よりにもよって、ふたりっきりになるはずのところに」
「災難だなー。あんたらも、なかなか受難だね」
「わたしの邸(いえ)のお部屋に上がってもらったら、上がってもらったで……すぐさま蜜柑がちょっかいを出してくるんだものね。……ねえ? 蜜柑。」
そう言って蜜柑さんを見るアカ子。
ぷいっ、と、蜜柑さんは顔を逸(そ)らす。
一筋縄ではいかない、アカ子と蜜柑さんだけど、微笑ましくもあったりする。
わたしはそんな感想を抱く。
勝手に、抱く。
アカ子が、ハルくんとどんなことしてるのか、問い詰めない程度に、掘り下げてみたいな――という意欲が盛り上がってきたところに、
スマホが鳴る音がした。
アカ子の、スマホだった。
「あら、お電話だわ」
「だれから?」
わたしが尋ねると、
「――ハルくん。」
お~~っ。
「お~~っ」
「……間が悪いんだから」
辛口な。
「出なよ、アカ子。間が悪いとか、言ってないで」
「……」
――スマホを耳にあてながら、席を立ち、
「…じぶんの部屋に、上がっていったみたいですね、アカ子」
「ですね。100%そうです。部屋でゆっくりじっくりハルくんとお電話したいんでしょう」
「…長電話になりそう」
「ですね。ほぼ100%」
「と、いうことは――、」
しばらく、蜜柑さんと、ふたりきりだ。
× × ×
さっきまでアカ子が座っていた、わたしの正面の椅子に腰を下ろした蜜柑さんだけど、
くたびれ気味な気がするのは――気のせいかな。
「お疲れモードですか? 蜜柑さん」
「疲れているというわけではないんですけど――お嬢さま……アカ子さんにはいじくられるし、そのほかにも、もろもろの事情ありで、このところ立て込んでるんですよ」
「立て込んでるんですか」
「立て込んでるんです」
テーブルに両ひじを付けて、両手を重ね合わせて、
遠くを見るような眼になって――無言になる。
その、遠くを見るような眼差しの蜜柑さんが――、
センチメンタルというか、なんというか…で、
否応なしに、わたしの眼は、彼女に吸い寄せられていく。
いつになく――大人だ。
どんな物思いに、ふけっているんだろう。
気になる。
気になる、から――、
わたしはただ、彼女をジッと、見るばかり。
彼女は、遠くを見るような眼差しのまま、
「……さやかさん。」
「……なんでしょうか。」
「…………」
「わっわたしに訊きたいことが……あったり、するんでは」
「……。
はい。
あったり、しまして。
単刀直入なんですけど――、
ご卒業後、さやかさん、荒木先生との――ご進捗は?」
――うぅっ。
ご進捗、かぁーっ。
ご進捗。
ご進捗。
するどく、えぐり込むような――蜜柑さんの、問い。
アカ子も、どうせ部屋で長電話だし、
ここは――蜜柑さんに、ありのままを、伝える、場面。
「手紙を書いて――渡しました。
わたしの気持ちを、その手紙に、ぜんぶ込めるつもりで、書いて――。
どこまで気持ちを表現できたのか、どこまで気持ちを先生に届けられたのか、それは、心もとないんですけど」
「……先生からの、お返事は?
手紙を書いたのなら……お返事が、来るものでしょう?」
真面目な口調で蜜柑さんが言った。
わたしは、不器用にも、すーっと息を軽く吸ってから、
「……来ました。
来たは、来たんです。
…お返事してくれたは、してくれた…んですけど、
荒木先生……手紙の書きかたの要領が、どうも、わかっていないみたいで……。」
「拙(つたな)い文章のお返事を寄越(よこ)された、と」
「そういう、わけなんです……向こうの伝えたいことがはっきりしないから、困ってしまって。分量も……わたしの手紙の、3分の1もなくて」
はぁ、と、軽くため息をついたかと思うと、
「――それは荒木先生、けしからんですね」
蜜柑さん、ズバリ。
「相当けしからんです。さやかさんに誠意が足りないじゃありませんか」
「バッサリですね……」
「教師なのに、人間がなってない。教え子のさやかさんに、肩透かしを食わせて――」
「お、怒ってるんですか!? 当事者でもない蜜柑さんが、そんなに怒る必要――」
「――あります!」
断言――!?
「『なってない』からです、荒木先生、ほんとーに、『なってない』!!」
「わ、悪く言い過ぎなんでは」
「さやかさん! わたしは味方ですからね!!」
「味方っ!?」
「いっしょに、荒木先生と闘いましょう!?」
「た、たたかっちゃうのっ」
「荒木先生のハートを、もぎ取るんですよっ!!」
「も、もぎとっちゃうのっ」
蜜柑さんから――、
そこはかとない、殺気。
アカ子の長電話は、継続中――。