ども。
サッカー部のハルです。
× × ×
金曜夕方。
部活が終わって、待ち構えていたアカ子と一緒に歩いている。
目的地は、アカ子の邸(いえ)。
「蜜柑さん、どんな夕飯作ってくれるのかなあ?」
「きょうは蜜柑は作らないわ」
「えっどういうこと」
「勘が鈍いわね……わたしが夕ご飯作るのよ」
「なんで……アカ子が」
「あなたが来てくれるからに決まってるでしょ」
「それは……うれしいけど」
「不満でもあるの!? 家庭科の成績はずっと5なのよ」
「それは何段階で?」
「すっとぼけないでよ」
× × ×
ふたりして、お邸(やしき)に入った。
「じゃあわたしは着替えてくるから」
そう言って階段を上りに行くアカ子。
「…くれぐれも、上がってこないようにね」
わかってるってば。
リビングには、蜜柑さんと、アカ子のお母さん。
お父さんは仕事で、帰るのが遅くなるそうだ。
「お嬢さまも気丈(きじょう)ですねぇ」
アカ子から夕食当番を奪われた蜜柑さんが言う。
「『手伝うのもやめて』って言うんですよ、アカ子さん」
「そうでないと気が済まないんですよ、たぶん」
「意地らしい」
「蜜柑さんがヒマになっちゃいましたね」
「まーでも助かりました」
「あー、やっぱり毎日夕食当番とか、負担がかかるんですか」
「肩がこるんですよ~もうバッキバキ」
「マッサージチェアとか買われたらどうですか」
「! その発想はなかった」
ほんとうになかったんだろうか。
「でもたまにはこういうのいいわよね」
お母さんが口を開く。
「あーちゃんの折角の家族サービスだし…きょうはハルくんもいるから賑やか」
あーちゃん?
ああ、アカ子のことか。
「みーちゃん、あーちゃんが何作っても、褒めてあげてね」
『みーちゃん』と呼ばれた蜜柑さんが、
「ハルくんはどんな感想言ってもいいんですからね」
アカ子の料理を食べるハードルが上がった。
「おれも……褒めてあげたいんですけど」
あらまあ、とお母さんがニッコリ顔になる。
蜜柑さんはなぜか不満げに、
「本音を言ってあげるべきなんじゃないですか? ハルくんとアカ子さんの仲なんですから」
うっ。
「だけど、本音を言い合える仲って、そうとう、『進んでる』わよねえ」
お母さんが不敵にニッコリしながら言った。
「『進んでる』とは……どんな」
「そこは『進展してる』って言わなきゃダメだったですよぉお母さん」
「そうだった。ハルくんをからかっちゃった~」
アカ子のお母さん――、
なんだか、アカ子よりも、蜜柑さんに似ている。
「えーと、蜜柑さんは、どのくらい前からこのお邸(やしき)で暮らしておられるんですか?」
「おおっと」
「え」
「ハルくんも凄いこと知りたがるんですねぇ」
「えっ……訊いたらダメだったんですか蜜柑さん!? ご、ごめんなさい」
「すぐ謝るのは罪です~」
「そんな」
「アカ子さんには、軽々しく謝ったらダメですからね。一生のお・や・く・そ・く」
「そりゃ…軽々しくは、しませんけど、謝るときは謝りますから」
「どんなときですか?」
「例えば――アカ子をガッカリさせてしまったときとか」
まあ! といった表情で、お母さんが、おれと蜜柑さんの会話に向かって身を乗り出してきた。
「ハルくんは優しいわね。優しくって、しかも男らしいわ~」
「お、お母さん。あっ、すみません娘さんを呼び捨てにして…」
「『自然』だったじゃないの、呼び捨て。普段からそうしてるのね」
「はっはい」
「お母さん、ますますハルくんのこと気に入っちゃった」
『ますます』って。
「ずいぶん日焼けしてるのね?」
「あ、毎年のことです」
会話に割り込まれて、無念そうな顔をしていた蜜柑さんが、
「ハルくん身長伸びましたよね」
「どの時期と比べての話ですか、それ」
「わたしがハルくんと初めて出会ったときと」
「どのくらい前でしたっけ?」
「む~~~~」
「わ、忘れてすみません、」
蜜柑さんがむくれる一方で、お母さんは勝手にひとりで喜んでいて、
「すっご~い!! 成長期じゃないの!!!」
――蜜柑さんがいつからこのお邸(やしき)で暮らしているのかという疑問が、完全にうやむやになってしまった。
ま、いいや。
美味しそうな、いい匂いがしてきた。
× × ×
「蜜柑はどうして不機嫌そうなの、お母さんとケンカでもしたの、いまさら反抗期?」
「…お母さんじゃないですハルくんです」
「大人げないわね、いつまで経っても子どもなんだから」
「子どもじゃないもんっ」
「そういうところよ。それに猫舌だし」
「ひゃああああっひどいですおじょーさまあ」
「なに本気であわててるの?」
「蜜柑さん、落ち着いてください」
「ハルくんに…ハルくんに…猫舌が知られてしまいました」
「おれだって、熱いもの食べるのは、苦労するほうですから」
「ほんとうに? ハルくん」
「ウソは言いません」
「えっ――わたしが作った料理、ちょっと熱いかも。大丈夫? ハルくん」
「がんばるよ」
「もしかして猫舌を暴露するためにわざと熱いの作ったんですか!? ひどいですアカ子さん」
突き刺すような眼で蜜柑さんをアカ子が見る。
「も~~、あーちゃんもみーちゃんもお行儀悪いわよ」
冗談めかした口調のお母さんだったが、一瞬でふたりが大人しくなる。
意外とコワい存在なのか……。
「あーちゃん、座って座って、はやく」
「はい…」
「もうハルくんの隣しか空いてないから」
「……」
『いっただっきま~す』
「熱っ!!」
「だ、大丈夫ハルくん!?!? もしかして蜜柑に負けず劣らず猫舌だった!?」
言ってるそばから、むせてしまった。
「はい、お水」
「こ……これくらい平気だよ」
「あのさ」
「なあに、もしかして食べられないものでも入って――」
「そんなわけじゃないよ。
ただ……悪いな、って思って。
家庭科が5だっていうのは、5段階の5に決まってるよな。
きみの料理の腕を疑ったりして、申し訳なかった。
おいしいよ。」
「――じゃあもっといっぱい食べて」
「わかった。」
「お嬢さまだって、もっといっぱい食べるつもりなんでしょ」
「いい加減にしなさい猫舌蜜柑……」
「アカ子、殺気立ってる、殺気立ってるから!」
「そっちこそ反抗期じゃないですかお嬢さま」
「誰に対して反抗期だって言うのよ……」
「あ、アカ子おさえておさえて」
「楽しいわね~」
おれはお母さんに助けてほしいんですけど。
しかし、終始面白がっているお母さんは、
「ここにお父さんがいたら、もっと楽しいのにね」
という、とどめの一言を放つのだった。
ここにお父さんがいたら――生きた心地しませんから!!