【愛の◯◯】仲良きことは美しき青きドナウ

 

7月になっちゃった。

ふぅ。

 

× × ×

 

「MINT JAMS」のドアをノック。

開けてくれたのは、新入生の八木八重子さんだった。

「あなたひとり? 留守番?」

「そうですね」

「ギンはいないの?」

「いたんですけど、どこかに行ってしまいました」

「責任放棄ね」

「きびしいですね」

「そりゃそうよ」

「ルミナさん、シュークリームがあるんですけど、食べますか?」

「エッほんと」

食べるっきゃない。

「食べる食べる」

「ギンさんが買ってきてくれたんです」

「そっかそうだったんだ……あとでギンに感謝しないとね」

「やさしいですね」

「ギンに? やさしいかなぁ」

「きびしいけど、やさしいんですね、ギンさんに」

「それは……そうかも、しれない」

 

八木さんはハキハキとしゃべる。

なめらかな語り口が、耳に心地よい。

なんでも高校時代は放送部だったとか。

それだから、ことばを綺麗に話せるのかもしれない。

アナウンサーみたい。

それと――。

 

「八木さんって、葉山ちゃんと同じ学校出身なんだよね」

「はい。中高と6年間いっしょでした」

「あたしが葉山ちゃんの家に出入りしてるって言ったっけ」

「はい、聞きました。ピアノのレッスンですよね?」

「レッスンとは――ちょっと違うんだな。葉山ちゃんに習ってるわけじゃないし。彼女のおうちのピアノを貸してもらってるだけ」

「ピアノは独学…ってことですか」

「そういうことだねえ」

「すごいじゃないですか!」

「すごいとか大げさだよ~、まだ始めたばっかり」

「あの……」

「?」

「葉山…迷惑かけてませんか? ルミナさんに」

「逆、逆。あたしのほうが迷惑かけてるんだから」

「でも…!」

「ピアノ貸してもらってるんだから、お礼になにかしてあげなきゃって思って。それで、葉山ちゃんの部屋を掃除してあげてるんだ」

「え……それは……葉山が、迷惑のかけ通し……」

「あたし綺麗好きだから」

「なにやってんの葉山…」と、ひとりごとをつぶやくように、真面目すぎる顔つきで八木さんが言うものだから、

「八木さん、葉山ちゃんを怒らないであげて」

「ルミナさん、それにしたって――」

「――彼女が傷つくのを見るのはイヤでしょ?」

そんなに深刻に受け止めないで、八木さん。

「――あたしだって、同じ気持ちだから。傷つけたくないから。葉山ちゃんにはやさしくしたいの」

 

そこに鳴海が入室してきた。

よりにもよって。

 

「ルミナちゃんだ」

「……野生のポケモンを発見したみたいな眼で言わないで」

「??」

 

「鳴海さん、こんにちは」

「おはよう八木ちゃん!」

「もう午後ですよ」

「そうでもある」

鳴海のボケにツッコんでいくのは、あたしの役目であると思ったから、

「鳴海、調子に乗りすぎ」

「そうともいう」

「あのねえ……八木さんをあんまりいじめないの」

「ルミナちゃんだって」

「ど、どーゆーいみ」

「ルミナちゃんも、八木ちゃんをいじめちゃダメだよ」

 

あ……。

鳴海にたしなめられた。

 

「なっ鳴海さん誤解です、ルミナさんいじめてませんから」

「それならいいんだけど」

「わたしが……ちょっと思いつめすぎちゃって」

「平和がいちばん、笑顏がいちばんだよ、八木ちゃん」

「そうですよね……」

八木さんの表情が明るくなった。

認めたくないけど、鳴海のおかげで――。

 

くやしいっ

 

「――ルミナさん?」

「ごめん八木さん、ひとりごと。ほんと、ごめんね」

 

 

 

「……あ、そうだ!! シュークリーム、シュークリームがあるんですけど鳴海さん、食べますよね!? 美味しいシュークリーム」

うんにゃ

 

「……え? ほしくないんですか」

ルミナちゃんにあげるよ

 

「あ、あたしが、ふたつ食べていいの、シュークリーム」

「笑顏がいちばん、元気がいちばんだよ、ルミナちゃん」

「ふたつ食べていいのね!?」

「あたり前田の健太くんじゃないか……」

 

あいも変わらず、

鳴海の言ってることは、支離滅裂でわけがわからないけれど。

 

 

やさしいっ

 

 

「――ルミナさん? またひとりごとを」

「いいんだよ八木ちゃん。ルミナちゃんはね、『ありがとう』ってぼくに言ってくれてるんだ」

 

 

――鳴海がゆずってくれたシュークリームを手であたためながら、八木さんの隣に座る。

「八木さん。これからも仲良くしようね」

「当たり前ですよ、ルミナさん。仲良くしましょう」

 

「うんうん。当たり前田の智徳だっ」

「割って入ってこないで鳴海」

「仲良きことは美しき青きドナウ」

「ひとの話をちょっとは聴いたらどうなの!?」

――なぜか、笑いをこらえられない様子の八木さん。

鳴海のくだらないギャグがツボにはまったのか。

 

ま、いいや。

 

「鳴海」

「なんだ~い、ルミナちゃん」

これからも仲良くしてね

 

完全に意表を突かれた格好になった鳴海。

驚いて、開いた口がふさがらないご様子。

 

 

鳴海――、

これからも、よろしくね。