GW明けから大学が始まり、同時にサークルの新入生勧誘も始まった。
新歓。「MINT JAMS」という音楽鑑賞サークルに所属しているおれも、できれば新入生が入会してくれたらなあ、と思う。
だから、講義の合間をぬって、学生会館のサークル部屋に来て、ギンさんや鳴海さんとともに、新入生を受け入れる態勢を整えているわけだ。
いま、ひとり、女子学生が、「MINT JAMS」のサークル部屋の中に来ている。
もちろん新顔である。
ただし、ギンさんや鳴海さんにとっては。
おれ? おれにとっては、じつは新顔でもなんでもなく……。
「……で、なんできみはここにいるんだ、八木」
「ひどいねー戸部くん。わたしこの大学の、ピチピチの1年生なんだよ?」
「八木がここに入学したってことは、知らされてたけど」
「じゃあ、ここにいたって、なんにもおかしくないでしょう」
「でも、おれがこのサークルにいるなんて、きみに言った覚えないんだけど」
「戸部くんがいるからのぞきに来たってわけじゃないんだよ?」
「じゃなんで」
「興味があるからに決まってるじゃん」
怪しい。
おれという手がかり無しに、このサークルの存在を、どうやって前もって知ったというのか?
それに――。
「おまえはむしろ『虹北学園』のほうに興味があると思ってた」
「『きみ』が『おまえ』になっちゃった」
笑いながら言うな。
憮然とするおれに、
「この部屋の近くにある児童文学サークルでしょ?」
「そーだよ」
「行ったよ。」
「行ったのかよ」
なら、なおさら、
「読み聞かせ得意だろ? 八木は」
「なんでわかったの」
「そりゃ…これまでの経緯で」
「放送部とか?」
「放送部とか」
「なるほど、戸部くんこう思ってるんだ、『放送部の朗読などで培(つちか)ったスキルは、あのサークルでこそ活かせられるのではないか』」
「そうだよ」
「『なのになぜ『虹北学園』ではなく、『MINT JAMS』に入ろうとしているのか?』」
「よくわかってるじゃないか、おれの疑問が」
「戸部くんの疑問ももっともだけど。
――得意なことより、優先させたいことがあるの。
それは、『新しいことを始める』ってこと」
イマイチよくわからん。
「…その『新しいこと』ってのが、音楽を聴くこと、なのか?
そもそも、おまえそんなに音楽に興味あったのかよ」
「興味ない、と思ってた?」
「そこまでは言ってないが……。申し訳ないが、そういう素振りをこれまであんまり見てこんかったからな」
「そうかもねえ……。
戸部くんの言うとおりだよ」
???
「わたしはそんなに音楽に詳しくないよ」
「は!?」
「――そんなにのけぞらなくてもいいんじゃん」と笑う八木。
「でもね――、
葉山がピアノ弾けるじゃない?
あなたのとこの羽田さんだって、ピアノ弾けるじゃない。
葉山や羽田さんがピアノ弾いてるとこを見てきて――『音楽っていいな』って、ちょっと思ってたの」
「動機ってそれだけかよ。ちょっと弱いんじゃないのか」
おれは、思わずそう言ってしまったが、
考えてみれば、おれが「MINT JAMS」に入った理由も、なんとなく、の部分が多く、
それに、八木の言うことと重なるが――何年も、愛の弾くピアノを聴いてきて、
愛のピアノに感化されて、『音楽っていいな』と思うときがあることを、否定することはできない。
「――いや、すまん八木、動機が弱いなんて、言い過ぎだった」
「――? やけに素直だね戸部くん」
「実のところ、おれがいまここにいるのも、愛のピアノの影響が大きいんだ」
「いまここにいるってのは、このサークルに居る、ってことだよね」
「ああ」
「動機なんて重要じゃないよ、戸部くん」
「ギンさん」
4年になったギンさんが入室してきた。
ギンさん、4年になったことはなったようだが、4年で卒業するのかどうかは、ハッキリ言って釈然としない。
ま…いいや。
「八木八重子さん、だったね」
「もうフルネーム覚えてくれたんですか!?」
やかましいぞ八木。
「1年生か。だけど――戸部くんと知り合いなんだな」
「ギンさん、こいつは浪人してるんです」
「戸部くんが言わなくてもいいでしょっ……」
八木、おまえがやかましいからだぞっ。
「音楽に興味を持つ入り口は千差万別だ。
ひとの弾くピアノから感化されて、音楽に入っていく。
それは、ぜんぜん不自然なことじゃないよね。
八木さん――ようこそ、わが『MINT JAMS』に」
喜んでいる八木。
「おれはルミナさんが悔しがるんじゃないかと心配だなあ」
「ルミナさんってだれ? 戸部くん」
「おまえがさっき行ってきた『虹北学園』の4年の先輩だよ」
「ルミナとは腐れ縁でね、あいつはよくウチの部屋に押しかけてくるんだ。
八木さん、行ってきたのか、『虹北学園』に。
新入生強奪なんてことは、ルミナはしないと思うけど。
『ギンに新入生をとられるなんて!』って、悔しがりはするかもしれないね」
「えーっと、あの、ギンさんとルミナさんって、どういったご関係、なんでしょうか??」
「こ、コラッ、八木」
いきなりなにを言い出すか。
「幼稚園からずーっと一緒なんだ。エスカレーター式で」
「幼なじみなんですね!」
口のきき方がなってない、こらしめてやろうか…とも思いもしたが、
「そうなんだよ! 幼なじみなんだよ!! 悪いことに」
ギンさんは八木の無礼を気にするどころか、むしろ八木のテンションに乗っかるようにして、盛り上がり始めた。
たまらず、といった感じで、
『彼女』の足音が、ずんずんと、こっちに近くなってきて、
ドバーン!! と扉が開き、
「ギン!!! 新歓だからって音楽がうるさい!!! 周りの迷惑考えなさいよ、ボケナス!!!」
と、威勢よくルミナさんが入室してくる。
「『ボケナス』はひどすぎるなあ~~」と呆れながらも、ギンさんは新歓用音楽のBGMを絞ってあげる。
ルミナさんの恫喝――、
久しぶりだ。
いつもの学生会館が、戻ってきたって感じがする。
なぜか八木が闖入(ちんにゅう)してきたけど、
ふたたび、大学生としての日常が、始まるんだなぁ――。
八木は初めての大学。
おれは2年目の大学。
ルミナさんにとっては、最終年度。
ギンさんにとっても、もしかしたら? 最終年度。
(鳴海さんは……何年目の春なんだろう)