【愛の◯◯】ピアノを弾くのは、だれのため?

 

あたしルミナ、大学生!

もうすぐ、大学卒業!!

 

……幼なじみのギンは、今年度の卒業見込み、なし……。

 

 

× × ×

 

ギンのことは心配だけど、

あいつはあいつなりにがんばってる気もするので、

そっと見守っておくに限る。

 

で――、あたしはあたしでがんばりたいことがあるのだ。

就職活動は終わったけど、

それとは別に、目標があって。

 

その目標のために、

葉山ちゃんの家にやってきたのである。

 

ピンポーン、とベルを押すと、葉山ちゃんが出てきた。

「おはようございます、ルミナさん」

「おはよ~。葉山ちゃんひとり?」

「はい」

「寒いねえ」

葉山ちゃんも、ずいぶん着込んでいる。

「防寒対策は、毎年のことなので……わたし、寒さに激弱なんです」

「あたしもよ」

「ルミナさんも、寒いのイヤですか」

「イヤ」

「じゃあ、わたしの作るお昼ごはんで、あったまってください」

感謝!

 

× × ×

 

とはいっても、

お昼には、まだ早い。

 

「ピアノ貸してもらおうと思うけど……葉山ちゃん退屈じゃない?」

「いいえ、いくらでも時間潰せるので」

「読書、とか?」

「読書も」

「葉山ちゃんの部屋の本棚、すごいもんね」

「そんなすごくないですって」

「謙遜しちゃダメよ。――マンガもいっぱいあるよね」

「変な趣味のが多いですけどね」

「そうかなあ?」

「少女漫画が少なくて、麻雀漫画がやたら多い」

「そうだっけ」

「ルミナさんが読みたくなるようなマンガは――あまりないと思う」

「え~、そんなことないよ」

「――例えば?」

「『サーバント×サービス』って4コマ漫画、置いてあったじゃない?」

「よく見つけましたね」

「作者は、たしか――」

高津カリノ先生ですね」

「すぐ名前が出てくるんだね」

「あいにく」

「記憶力いいじゃん。さすが」

「……公務員つながり、ってことですか」

「そ! あたし来年から公務員だから、『こんなお役所に勤められたらな~』と思いながら、読んでるの」

「読んでる……?」

あ、

やべっ。

「ご、ごめん、読んじゃってた、勝手に」

葉山ちゃんは、柔和(にゅうわ)な顔で、優しく、

「お貸ししますよ、いつでも」

「いいの……?」

「もちろん」

 

× × ×

 

サーバント×サービス』全4巻を借りたあとで、ピアノの部屋に移動し、自主練習を始めた。

 

だいぶ上達した実感がある。

児童文化センターの子どもたちに聴かせられるまで、あとちょっと、って感じだ。

やればできるじゃないの、あたし。

挑戦したかいがあった。

あたしのチャレンジ精神に、拍手!

 

『子どもたちの喜ぶ姿が見たいから』。

この想いこそが、あたしを突き動かした。

もうすぐ――想いが叶う。

 

× × ×

 

「ルミナさん、わたし料理作り始めようと思うんですけど」

葉山ちゃんがピアノの部屋にやってきた。

 

いつもなら、彼女が料理を作っているあいだに、彼女の部屋を掃除してあげているのだが、

「少しだけ――あたしのピアノに付き合ってくれない?」

「――聴いてほしいんですか?」

「そ。たまには、ね。達成度の確認。率直な意見をもらいたいの」

表情が硬くなる葉山ちゃん。

「お世辞抜きでお願い」

戸惑う葉山ちゃん。

ためらう気持ちは――わかるけど、

「自己完結したくないの。足りないところ、知りたいから。そのためには、葉山ちゃんが必要」

彼女の手を、やんわりと握って、

「あたしは――自分を高めたいから」

 

× × ×

 

なぜか正座して、あたしの演奏を聴いていた葉山ちゃん。

マジメな子なんだな……。

 

「――どう?」

答えにくそうだけど、

「素直な感想を、ちょうだいよ」

 

彼女は正座したまま、

「ルミナさんの努力が……伝わってきました」

やったあ。

「でも……もっと良くなる余地がある」

やっぱり。

 

「具体的に、どこが不足してるのかな?」

「技術的なことよりも――」

そこでいったんことばを切ってから、

「ルミナさんは、だれのために弾いているんですか?」

そりゃ、もちろん、

「子どもたちのためだよ。子どもたちが喜ぶ顔が見たいの」

「子どもたちの笑顔をイメージしながら、弾いていますか?」

あ、

そうか。

上手く弾こうとするのに手一杯で、

子どもの笑顔を想像する余裕なんて、なかった。

「……想いが、大事なんだね」

「想いよ伝われ! っていう気持ちで弾くんです。なかなかできることじゃありませんけど」

そう言うと、正座から立ち上がって、

「ルミナさん。わたしにさっきの曲を弾かせてください」

「お手本、見せたいの?」

葉山ちゃんは、はにかんで、

「そういうことです」

 

あたしに代わってピアノの前に座った葉山ちゃん。

「――これから、わたしの大切なひとを想いながら、弾いてみようと思います」

マジで!?

「葉山ちゃん――大胆」

もしや、

「大切なひとって、男の子?」

少し照れながらも、

「大切な男の子のために弾いて――なにが悪いんですかっ」

健気(けなげ)。

「全力で想いを伝えますから。集中して聴いてくださいね」

 

× × ×

 

「……どうですか。気持ちで弾くんですよ、ピアノは」

 

すごい演奏だった。

からだが、熱い。

冬じゃないみたい。

寒さを吹き飛ばすぐらいの、熱気。

 

「――ことばにならない」

「えっ」

「すごい、すごいよ、葉山ちゃん!! あたし感動でなんて言っていいかわかんないよ」

「……ホメすぎでしょ、ルミナさん」

「ホメすぎてもホメ足りないよっ!!」

 

こんなに心を動かされるのは、たぶん。

 

大切な男の子のために弾いたんだよね!?

 葉山ちゃんは、ほんとうにその男の子が大好きなんだね!!

 恋心が、あたしにも伝わってきたよ!!

 

――葉山ちゃんが、耳まで真っ赤になった。

 

 

彼女の恋心に――、「ありがとう」、って言わなきゃだな。

向上心が、ムクムク湧いてきた。