藤浪の乱調もあったが、タイガースに大勝ちした、わが横浜DeNAベイスターズ。
非常に気分よく目覚められた。
今日は朝から好天に恵まれ、それも気分がよい。
明るい陽射しの中、自転車をぐいぐいと漕(こ)いで行く。
向かう先は――。
× × ×
開館時間に間に合った。
児童よりも先に、児童文化センターに入館していくわたし。
カウンターには――、
今日、来ることを、約束していたひとがいる。
――ルミナさんだ。
「おはようございます! ルミナさん」
「おはよー。土曜の朝から、テンションいいね」
「ベイスターズも勝ちましたし、こんなお天気ですし」
「タハハ……」
エプロンがよく似合っている。
最初の配属先が児童文化センター……ルミナさんにとっては、願ってもないことだっただろう。
ルミナさんは、児童文化センターで育ち、児童文化センターで子どもとふれ合い、ついには――児童文化センターが仕事場になった。
最近わたしは、児童文化センターに行けていなかった。
子どもたちとふれ合えられない寂しさと、カウンターに職員として座るルミナさんを見てみたいという好奇心。
そんな寂しさと好奇心が、わたしに自転車のペダルを踏ませた。
「――まだ子ども来ないですね」
「開館したばっかりだもん。じきにやって来るよ」
「楽しみです」
立っているわたしを椅子から見上げて、
「……さっぱりしてるね」
「え??」
「髪切った効果?」
「あ、あー、バッサリ切りましたからねー、たしかに」
「さっぱりしてるし、やっぱり、大人っぽくなってる」
「!? ――どういうことですか、ルミナさん」
「だって、もう大学生でしょ?」
ルミナさんは眼を細め、
「あたしが大学1年の頃より、愛ちゃん、大人だね」
「こっ、根拠は……」
「ない。直感」
「ええっ……」
「――すっかり、大人のお姉さんだ」
狼狽(ろうばい)に狼狽を重ねていたら、
元気のいい、子どもの声が、入り口から聞こえてきた。
× × ×
「アイねーちゃん、オトナっぽくなった?」
ルミナさんだけでなく、子どもにも指摘されてしまった。
小学校に入ったばっかりの――男の子。
男の子の目線になって、
「そんなに……変わったかしら? わたし」
と訊くのが、精一杯。
「オトナ。オトナになった」
それから男の子は、カウンターのルミナさんに向かい、
「ルミ姉(ねえ)より、アイねーちゃんのほうが、オトナじゃん」
言われたルミナさんは、いったんムーッとなったが、すぐに表情を立て直して、
「そうかもねー」
と、おどけるように言う。
「こらこらっ。ルミナさんにそんなこと言わないのっ」
たしなめると、
「アイねーちゃん、よく怒るよね」
…そうねぇ。
…それが、どうかしたのかしら?
「アイねーちゃんに怒られるの、すきだよ」
…えっ。
詳しく。
「だってさ、怒ってるアイねーちゃんの顔、とってもとってもかわいいじゃん」
そういう……認識だったのね。
小学1年生のあなたの前で、『認識』なんて言葉は、言わないけど……。
× × ×
しずちゃん、という女の子が、わたしのもとにやって来た。
しずちゃん、このブログでは再登場である。
具体的には、今年の2月頭(あたま)の記事で、一度もう出てきているはずだ。
過去ログ、お見知りおきを……。
「――ねぇってば、アイねーちゃん!」
油断していた。
気づけば、しずちゃんに、しがみつかれていた。
「ご、ごめんね、ボーっとしてて」
「どうしたの?」
「なんでもないの、なんでも」
「??」
過去ログにかまけていたわたしが浅はかだった。
子どもたちとふれ合う世界に、戻っていかねば。
「きょう、どよーびだけどさ」
小さな手で、わたしの袖(そで)を握りながら、
「どよーびってことは、アツマにーちゃんも、おやすみなんじゃないの?」
「……」
「どーなの? おやすみなの? おやすみだったら、アツマにーちゃんもきてくれたりしないの? わたし、きてほしーよ」
……。
『かれしなんでしょ??』という言葉が次に来るのは、眼に見えているので、
「しずちゃーん、お歌を歌いましょうよ。
わたしがなんでも弾いてあげるから、さ…」
と、100パーセントの強引さで、しずちゃんと手をつなぎながら、エレクトーンへと向かっていく……。
× × ×
「しってる? ルミ姉も、エレクトーン、ひけるようになったんだよ」
そう言ったのは、しずちゃんのお友だちの、みっちゃん。
「うん。知ってる」
「アイねーちゃんよりぜんぜんヘタだけどね」
みっちゃん……フランクね。
罪がないっていいね……。
エレクトーンの前に座ると、真正面にカウンターのルミナさんが見える。
『子どもは正直なんだよ……』という、彼女の優しい微笑み。
『大目に見てあげて?』という優しさが、伝わってくる。
わたしとしては、ルミナさんの弾くエレクトーンも、一度聴いてみたいところなのだが、
「はい! しずちゃんもみっちゃんも、なんでも好きな曲を言ってちょーだい」
両手を広げて、リクエストを募(つの)り始めるわたし。
「ほんとうになんでもいいの?」としずちゃん。
「いいわよ。なんでも弾けるから。たぶん」
「じゃあねえ……」としずちゃんは約5秒間考えて、
「『ぐれんげ』」
『ぐれんげ』……、
ああー、『紅蓮華』、ね。
アニメソングはまったくといっていいほどわからないが、
覚えておけば、きっとどこかで役に立つだろう……と、『鬼滅の刃』関連楽曲は、いちおう一通り、押さえておいていた。
それが功を奏した。
今度は、『呪術廻戦』関連楽曲を押さえておくのがいいかも……と思いつつ、『紅蓮華』の歌い出しを、わたしは弾き始める。
弾き始めた途端、続々と他の子どもたちが集まってくる。
まさに、社会現象みたいな集まりかただ……!
しまいには、サビを合唱し始める子どもたち。
すごいな。
少年少女合唱団なんか目じゃない、結束力……。
次々に、あれを弾いてこれを弾いて、とせがんでくるが、
「順番ね、順番。次はみっちゃんだから」
と、苦笑いしながら、子どもたちを落ち着かせる。
案外素直に引き下がり、その場に体育座りで腰を落ち着かせる子どもたち。
よかった――。
誰かさんより、断然素直だ。
誰かさん、というのは――、
当然、某『アツマにーちゃん』のことである。
ハタチも過ぎていっこうに素直になり切れない彼氏もいれば、
こうして、わたしの言うことを100パーセント素直に聴いてくれる子どもたちもいる。
どっちがお利口さんなんだか――。
「――アイねーちゃん、きいてる??」
あ、
余計なこと考えてたら、
みっちゃんのリクエストを、聞き漏らしてしまっていた。
わたしのドジ。
「ごめんごめん。みっちゃん、もう一度おねがい」
「『かめんライダーセイバー』」
「……の、歌?」
「そう、おわったあとに、ながれるほう」
「……エンディングテーマってことかあ」
まずい。
「そっそれはー、もしかしたら、『アツマにーちゃん』のほうが、詳しいかもねー、って」
「?」
わたしのキョドりにキョトーンとする、みっちゃん。
ヤバい。
盲点を突かれた感じだったが、
幸いなことに――みっちゃんの保護者のかたが、わたしのもとにやって来て、
「こういう曲なんですけど……」と、『仮面ライダーセイバー』エンディングテーマの音源を聴かせてくれた。
助かった……。
ほんとうのオトナは、みっちゃんの保護者さんみたいなひと。
「あの……大丈夫ですか? 無理をしなくても」
恐縮そうな保護者さんだったが、
「大丈夫です。イケます」
「でも、1回聴いただけで……」
「すべてのオトナと、絶対音感に――感謝。」
「……?」
「まかせてください♫」