「何の変哲もないスーツ姿でがっかり?」
式典終了直後。講堂を出て少し歩いてから立ち止まり、右隣のアツマくんの顔を覗き込んで訊いてみる。
「いんや」
冴えない声。もーちょっとピリッとしてもらいたいんですけどね。
……ま、いっか。わたしのスーツ姿にそれなりに満足してくれてるのは伝わってきたし。
無言で右腕をアツマくんの胸板目がけて伸ばし、無言でグーパンチする。
「いきなりなんだよっ」
のけぞる彼に、
「キモチ良かったでしょ?」
と、戯(じゃ)れるように。
「おれの胸で遊ぶなっ!! ……高校の卒業式じゃねーんだぞ」
「わかってるわよ」
応えながら、空を見上げて、
「大学の、卒業式。5年間も通ったキャンパスからの、巣立ち」
「……だろ? 年齢(トシ)に相応しい行動をしろ、年齢(トシ)に相応しい行動を」
背後から聞こえてくる「たしなめ」には応えず、
「少し、歩こうよ。今日は空気も美味しくて、ちょうどいい暖かさだし」
× × ×
今日この場で、わたしが絶対に表現したいキモチがある。
表現する相手は1人しかいない。彼しかいない。
およそ9年半前に出会って、およそ8年近く前に好きになった彼。
好きになった瞬間からずーーーっと愛している彼。
わたしの愛情表現を素直に受け入れられない時もあるけど、なんだかんだで最終的には受け入れている彼。
ダメなトコロもあるけど、強くてたくましいトコロを見せてきてくれた途端に、ダメなトコロなんか少しも気にならなくなる彼。
彼が居てくれて、幸せ。彼が大好きで、幸せ。
――『今日、この場でなくっちゃ』って、強く思っている。
わたしのキモチをバクハツさせたいんだ。
いつもよりも、全力で。
――そう、全力で。
× × ×
湯窪(ゆくぼ)ゆずこちゃんがちゃんと来てくれていた。1年前に交わした約束を守ってくれた。感極まりそうになっちゃう。
佇むゆずこちゃんの傍らに脇本浩平(わきもと こうへい)くんの立ち姿がある。脇本くん、なんだか、1年前よりほんのちょっぴりだけオトコらしくなったみたい。
「……だけど、わたしの彼氏には、遠く及ばないんだけどね」
そう小さく呟いたら、
「おまえ、なんか言ったか?」
と至近距離のわたしの彼氏が言ってきたから、
「なんにも言ってないわよ」
とウソをつく。
――さて、わたしとアツマくんの周囲には、みんな勢揃いしている。
いちいち人物名を挙げていったらキリがないレベルの勢揃いっぷりである。
ので、わたしの卒業を祝いに来てくれた皆様の名前を1人1人明らかにするのは、やめておく。
ここらへんが、本ブログの詰めの甘さなのかな……みたいな思いが湧き上がり、少し苦笑い。
「なんじゃあ、その苦笑いは」
わたしのささやかな苦笑いを察知したアツマくんから、間の抜けた声。
そんなに間の抜けた声を聞かされたら……あなたと向き合うしかなくなってくるじゃないの。
「ねえアツマくん!!」
そう叫びながら、まっすぐにアツマくんと向き合い始めるわたし。
「つらいコトもあったけど、苦しいコトもあったけど、今日、こうやって、5年間の大学生活にめでたくピリオドを打てるわ」
と言い、数歩距離を詰めて、
「やっぱし――『あなたがいてくれてたから』こそよ」
と言い、少しコトバを溜めてから、
「いつも、あなたがそばにいてくれてたから、ここまで来れた」
と言ったあとで、ワザと目線を下にして、
「……ホントに、ありがと」
と感謝のコトバを発する。
周りに勢揃いした皆様が、いつの間にか静まり返っている。
空気を読んでくれるのが、本当に上手だ。
……さてさて。
ここからが、大事な大事な、本番。
「アツマくん」
と呼びつつ、目線を徐々に戻して、
「あなたのコトが世界でイチバン好きです。言うまでもないけど」
と、熱く、伝える。
熱く伝えたけど、まだまだ足りない。
もっともっと熱を届けていきたい。
そして、わたしのキモチの全てで彼の全てを包み込みたい。
だから、
「『イチバン好き』って言うだけじゃ、足りないから。」
と甘く甘く熱く熱く言いながら、さらに歩み寄って、
「……ゆるしてね。」
と声を出した直後に、彼の、アツマくんのカラダに……抱きついていく。
キモチが強く出過ぎて、しがみつくみたいな抱き締め方になってしまう。両手で背中を押さえ込むチカラが過剰過ぎるかもしれない。
「背中、痛かったら、許して」
思わず想いがコトバになってこぼれ出る。
自分がこぼしたコトバによって自分が感じ取っている熱が増す。
いま、どっちの熱が強いんだろう。わたし? アツマくん?
――どうでもいいや、そんなコト。
嬉しいから。
幸せだから。
「あなたが、わたしを、ここまで、導いてくれた」
嬉しさいっぱいで、幸せいっぱいで、感謝のコトバを送り出す。
ややあって、
「……嬉しいよ、そう言ってくれて。素直に。」
と、アツマくんの真面目で強いコトバが耳に届いてくる。
泣きそうになって、わたしはとうとう、わたしの顔をアツマくんのたくましき胸板に埋(うず)め始めていってしまう。
――ここで、
「拍手は、結婚式の時まで、ガマンしとくべきだよね」
というオトコノコの声が、後方から。
声の主は……脇本浩平くんだった。
脇本くんが、今にも万雷の拍手が巻き起こりそうになるトコロを、押し留めてくれたんだ。
脇本くんの、言う通り。
万雷の拍手は……わたしとアツマくんがホントの意味で結ばれる瞬間になって、初めて浴びせてほしい。
脇本くんが声を発してくれたおかげで、周囲は暖かく静まり続けている。
脇本くんへの感謝がまず沁み込み、そのすぐあとでみんなへの感謝が沁み込む。
涙がぶわわわっ……と溢れ出て、アツマくんの胸元を大きく湿らせていく。