「空港で、泣いた? それとも、怒った? それとも、驚いた?」
夜。アカちゃんのお邸(やしき)。応接間。真向かいのアカちゃんに尋ねてみる。
彼氏たるハルくんと2年ぶりの再会を果たした瞬間のアカちゃんの反応。それがわたしの知りたいコトだった。
しかし、
「それはナイショよ、愛(あい)ちゃん♫」
と、何故か弄(もてあそ)ぶようにアカちゃんにコトバを返されてしまったので、戸惑いの嫌な汗がダラリ、と垂れる。
戸惑いによってココロもカラダも汗ばんでしまうわたしは、真向かいの親友女子を凝視。
ニッコリニコニコな顔だ。帰国のハルくんと再会した感動だけが笑顔の原動力なのだろうか? ……違う気がする。違うとしたならば、その他の「原動力」とは一体何なのか? まだ、わたしには解らない。長い付き合いの親友女子のキモチを読み取るのが難しい。
アカちゃんは、幸せそうにロイヤルミルクティーを飲んでから、カップを静かに置き、
「楽しみよね? 愛ちゃんにとっても、ハルくんと顔を合わせるのは久々なんだから」
と訊いてくる。
わたしを流れる嫌な汗の温度が一気に低下した。
ハルくんを「見てみたい」から邸(ここ)に来た。それに嘘は無い。
ただ、「怖いモノ見たさ」の色が濃いのが実情だった。「再会が楽しみ」というワケではなかった。「彼の『変化』を確かめたい」のがホントのトコロのキモチだった。
× × ×
『画像』を見るまでは、『会った瞬間にお説教してあげるんだから!!』という思いでココロの中がいっぱいだった。お説教してやりたいキモチだけではなく、「物理的」に「お仕置き」してやりたいキモチも強かった。
そう。わたしは、南米大陸から帰ってくるハルくんに対して攻撃的な態度を取る気満々だったのだ。
アカちゃんから送信されてきた『画像』を見るまでは……。
× × ×
「――『カッコいい』って思ったりしなかったかしら、あの『画像』を見て」
アカちゃんが付け加えてきたコトバによって、冷や汗が凍りつきそうになる。
彼女は無邪気に、
「もちろん、あなたの彼氏さんの方が、100倍カッコいいわよ? だけれど、ワイルドな逞(たくま)しさみたいなモノを、あの『画像』から少しは感じ取れたんじゃないのかしら。感じ取ってくれたのなら、わたし嬉しいわ」
微笑みを絶やさないアカちゃん。
徐々に追い込まれていくわたし。
× × ×
南米に渡る前とは似ても似つかない『ハルくん画像』に衝撃を受けたわたしは、激しく落ち着きを欠いたままに、テレビを観ながらくつろいでいたアツマくんにスマートフォンを突きつけた。
『うぉっ!! これが、ハルなんか!?』
ビックリのアツマくんに向けてこくん、こくんと頷くしかないわたしがいた。
焦りを隠せないままに、わたしは、
『アツマくん……この画像の『彼』と、ケンカしたら、勝てる自信、ある……?」
ソファに背中をくっつけながら、わたしの彼氏は、
『ケンカする気なんか微塵も無いし、ケンカになるようなシチュエーションも微塵も思い浮かばないが』
と前置きしてから、
『おれはおれで、鍛え続けてはいる。だが、その『画像』を見ちまうと……』
『ア……アツマくんでも、負けちゃいそうなの』
彼は、真剣に、
『『無敵感』があるからな』
と答えてから、背筋を伸ばして、
『立派なもんじゃねーか。南米での2年間が、あいつを、日本に居た時よりも200倍強い男にしたってコトなんだから』
落ち着きを欠きまくりだったわたしは、
『どうしよう、どうしよう、アカちゃんに、『アカちゃんのお邸で、帰ってきたハルくんと会う』ってもう約束しちゃったのよ、彼にどう対応していいのかわかんない、どう対処していいのかもわかんないし、いったいぜんたいどうやって対話したらいいのやら……』
厳しいアツマくんは、
『もう約束しちまったんだろーが。『勇気』とトモダチになって、ハルにキチンと向き合う以外に方法は無いだろー?』
と言って、穏やかに笑うだけだった……。
× × ×
玄関チャイムが高らかに鳴り響いた。
口に持っていこうとしたコーヒーをこぼしそうになる情けないわたしがいた。
情けないわたしとは対照的なアカちゃんが、応接間備え付けのインターホンの受話器を取る。
応対するアカちゃんの声に男の子の声が混じる。
懐かしさなど醸(かも)し出されない。心臓がバクバクしてくる。意味も無く、コーヒーカップを右手指でグルグル回してしまう。
ヒトコトで、こわい。
でも、逃げられない。
キチンと向き合う以外の方法は消え失せた。
でも……わたし、どれだけ上手にお喋りできるのかしら……?
× × ×
タイミングが悪過ぎた。
コーヒーカップの残りを飲み干してココロを落ち着かせようとしていた最中に、アカちゃんの先導でハルくんが応接間に入ってきたのだ。
わたしの右手からコーヒーカップが崩れ落ちた。
コーヒーカップは派手に転がりながら床を濡らしていった。
耐久性に定評のあるブランドのカップだったから割らずに済んだ。しかし、弁償するよりも重い罪を背負ってしまった実感がやって来た。
「あらあら、大丈夫かしら?」
と気づかってくれるアカちゃん。
わたしは、慌てふためきながらソファを離れ、
「そっ掃除しなきゃ掃除しなきゃ、わたしのせいで床が汚れちゃったからっ、アカちゃんっ、わたし床をキレイにするためなら、どんなコトでも……」
「なんだか、愛さんらしくないな~」
トボけ気味ではあるけど『2年前』よりも2段階ぐらいキーが低くなったような男子の声が降り注いできた。
床に這いつくばるような姿勢のままに、声がする方へ振り向いた。
『精悍(せいかん)』の漢字2文字がピッタリな『彼』の姿を目の当たりにした瞬間、わたしは一気に後ずさり、背中を応接間の壁に直撃させた。
視線は『彼』に向かい続けるけど、スカートを両腕で抱えて、カラダを小さくする寸前になっていた。
床にこぼれたコーヒーでスカートが汚れてしまったかどうかなんて感知できるはずも無かった。
開いた口が塞がる可能性は果てしなく低かった。
「スゴいリアクションだなぁ」
『彼』が、ハルくんが、言ってきた。
「おれ、オバケでもなんでもないよ、床にちゃーんと足がついてるだろ?」
とも言ってきた。
「怖がり過ぎよぉ愛ちゃんってばー。たしかに、ハルくんの変貌ぶりは『劇的ビフォーアフター』だったかもしれないけれど♫」
アカちゃんが軽快に言ってきた。
絶賛怯え中のわたしにアカちゃんが次第に近付いてくる。
「立てるかしら?」
わたしの眼前(がんぜん)まで来て見下ろし姿勢のアカちゃんが左手を伸ばしてくる。
5秒間深呼吸、の後でアカちゃんの左手を握って弱々しくわたしは立ち上がる。
過剰なまでの逞しさに満ち溢れたハルくんの姿が眼に入る。
条件反射で眼を閉じてしまうわたしがいる。
アカちゃんがわたしの左肩を優しく叩いてくれる。
それから、
「『おかえり』を言ってあげたらどうかしら、彼に」
と、オトナな声で促してくる。
わたしは5秒間ためらう。
眼を閉じたままに、息を吸う。
だけど、『おかえり』は、言えずに、
「ど、どれだけ、どれだけ修羅場をくぐり抜けてきたってゆーの、あなたは!?」
と、下品なまでに裏返った声で、叫ぶしかなくって……!!
トボけながら、
「え、それ、おれに訊いてんの?」
と言ってくるハルくん。
わたしは、
『鈍(ニブ)過ぎるでしょ……!! どうしてそういうトコロは『そのまま』なのよっ』
と、ハルくんに聞こえない音量で、声を振り絞り……床を足の裏で押さえるチカラを強めていく。