日曜の夜――。
「愛、おまえは自分の部屋で勉強か読書でもしてろ」
「エッなんで、わたしもルミナさんやギンさんと――」
「今夜は、呑(の)むから」
「お酒を?」
「お酒を。」
「わたしは……ソフトドリンク、飲んでるから」
「ダーメッ」
「……強情ね」
「強情ではない」
そう、ルミナさん&ギンさんが邸(ウチ)にやってきて、おれと3人で飲み会をやるんである。
だから、未成年の愛は、ダメだ。
「ほれほれ、おとなしく引き下がりな」
「もうっ……」
「自分の部屋にこもるのがイヤなら、利比古の部屋に行って、姉弟(きょうだい)仲睦まじくするのも――」
「利比古と、イチャつけ、と?」
「――まあな」
「わたしのことそんなにブラコンだと思ってたの。ショック」
否定しても……説得力が無(ね)ぇ。
「とにかく、大人の時間なんだ」
「わたしだって……」
「キミはまだ18歳で未成年じゃないですか」
「ヘンな口調にならないでっアツマくん」
「未成年の飲酒は法律で――」
「だからっ、ソフトドリンク飲んでるって言ってるでしょっ」
頑強(がんきょう)に抵抗する愛に手こずっていたら、
救いの、玄関チャイムの音。
「ほれ。ルミナさんとギンさん来た。
ここからは、大人の時間だ」
× × ×
「流さんがお酒を提供してくれました」
おれがその瓶(ビン)を見せると、
「うわ~っ、お値段高そうで、美味しそう」
ルミナさんがときめき始めた。
「お~い、ルミナ、羽目を外しすぎんなよ」
「ギンうるさい」
「んなっ」
「とにかく飲もうよ。はやく、はやく」
めいめいのグラスに、流さんとっておきのお酒を、おれは注いでいく。
「……ルミナは、過去2回、このお邸(やしき)で『やらかした』ことがあるから」
「なーにーよー、『前科』、とでも言いたいの? ギン」
「前科だろ」
「むぅぅ~」
まあまあ、ふたりとも仲良く。
× × ×
『カンパーイ!!』
ギンさんがグラスを揺らして、
「戸部くんと呑むのも、初めてだよね」
「そうですね」
そこにルミナさんが割って入って、
「社会人のあたしと会うのも、初めてじゃない!?」
「あー、そうですっけ」
「愛ちゃんには、あたしの仕事場で、きのう会ったけどさ」
仕事場、すなわち、児童文化センター。
「ねーねーっ戸部くん」
「? なんですかルミナさん」
「愛ちゃん、ずいぶんオトナびてて、あたし『うわ~っ』と思っちゃって」
「……『うわ~っ』って、いったい……」
「――それでさ、愛ちゃんも大学生になったんだけどさ、」
徐々に、イヤな予感。
続くルミナさんの言葉は……、
「戸部くん、あなた、愛ちゃんとどこまでいったのよ」
……ルミナさぁん……。
「ばか、ルミナ」
「なんなのギン? あたしは戸部くんに訊いてんの」
ルミナさんのグラスの中のお酒が、だいぶ減っていた。
「下品な質問はやめろや」と釘をさすギンさんだったが、
「あたしたちみんな、高校生でもなんでもないのよ。20代なんだからさ」
「20代なのがどうしたってんだ」とツッコむギンさんだったが、
「コドモじゃできない話だってできるでしょ」
と、ルミナさんは応戦する。
「いや~、たしかにハタチになりましたけど、まだまだコドモですよ、おれ」
「とぼけないで戸部くん」
「大学生ですから。モラトリアムですから」
「そんなこと言わない」
「ルミナ、おれもそうだぞ。まだ大学生だ」
「あーっ、もう……。モラトリアムとか、まどろっこしいよ。ギンも戸部くんも、いちいち理由つけるみたいに……」
「ルミナだけが、オトナだよな。社会人という事実、それが根拠」
おれもギンさんに同調してうなずく。
男子2名の同調圧力にウンザリしたように、
「もっと呑(の)も、もっと!! 盛り上がんない」
瓶をガシッとつかんで、流さんのお酒の2杯目をドクドクとグラスに入れるルミナさん。
がぶりと呑んで、
「…こうでもしないと、愛ちゃんとの『あんなこと』や『こんなこと』を、戸部くんから引き出せない」
――おれは静かに1杯目のグラスを呑み干し、
「なにもありませんよ。平常運転です、おれと愛は」
「平常運転、ってなに…」
切り返すように、
「ルミナさんこそ、ギンさんとは――?」
「え……戸部くん、そういう切り返しかた、どこで覚えたの……?」
「知らずしらずに。」
そう答え、黙って2杯目をグラスに注ぐ。
ルミナさんの両頬(りょうほほ)が赤く染まっているのは、
ハイピッチで呑んだからか、
おれの切り返しに、戸惑いを覚えているのか。
たぶん、どっちもか。
ギンさんは苦笑いし、
「こりゃ、戸部くんの勝ちだな」
「なにそれっ、勝ちとか負けとかないよっ」
「確実に――ルミナが、一本取られた」
「柔道みたいなこと言ってっ。
……一本、といえば……、
もう1本ないの? もう1本」
訊かれたおれは、
「もう1本って、なにが、ですか?」
「決まってるでしょ。ボトルよボトル」
ああっ。
ルミナさん、出来上がって……だんだん、不穏な方向に。
「おまえはボトルよりチェイサーだろ、ルミナ」
「ハアァ!?!?」
「小休止しろや」
「なに言ってんのよおっ!? ギン、あんたがいちばん呑んでないのが悪いんでしょ」
あらかじめテーブルに用意していたプレミアムモルツを鷲(わし)づかみにしたかと思うと、
「やってらんない、やってらんない」
そう喚くように言いながら、グビグビと呑んでいってしまう。
まずいかも。
やはり、ルミナさん、新社会人としての、ストレスやフラストレーションが――。
5月病予備軍?
いろいろな『くたびれ』をかき消すように、プレミアムモルツを呑み干し、
ガツンッ! と缶をテーブルに叩きつける。
「――やっぱ、社会人なりたてって、どうしても、フィジカルもメンタルも、くたびれやすいんですかね」
ルミナさんにというわけでもギンさんにというわけでもなく、おれは言った。
反応してくれたのはギンさんで、
「おれはまだ社会人になってないけど――そばでこいつを見てると、消耗してるのが、イヤでも伝わってくるよ」
おお。
「さすが、ギンさん」
「へへ」
「やっぱし、ルミナさんの、最大の理解者なんですね」
「それほどでも」
――それはそうと、
不穏に、ルミナさんの上半身が、カクンカクンと、小刻みに震えている――。
「ヒック……あいちゃんと、とべくんの、ヒック、ふたりの、よるのすごしかたとか、まだぜぇんぜぇんきけてなぁい……ヒック」
あくまでも下心(したごころ)満載のルミナさんに、おれは苦笑するしかない。
酩酊(めいてい)、って言葉が似合う。
「……あいちゃん、よんでこれないのぉ、ぜがひとも、あいちゃんととべくんが、どうやってまぐわっているのかを……」
話す内容が下ネタ寄りになってきた酩酊ルミナさんであったが、
徐々に徐々に、言葉数が少なくなっていく。
文章というよりも、単語をポツポツと散発的につぶやくような感じになって、
しまいには、喃語(なんご)というかなんというか――声ならぬ声をうめき始めて、
とうとう――眠りの世界に、シケ込んでしまわれた。
眠りの世界の住人となったルミナさんを、抱えるようにして、
「またやった、こいつは」
ギンさんが、『どうしようもない…』という含みを込めた声で言う。
「前科3犯。重罪だ」
途方にくれたようになってしまったギンさんを見るのが心苦しく、
「…泊まっていきますか? ルミナさんは、明日は仕事休みなんですよね?」
「うーーーむ」
眉間にシワを寄せるギンさん。
「部屋なら、いくらでも」
「ううむ」
「もう半分、ホテルみたいなものですし、この邸(いえ)」
「戸部くん、」
「はい、」
「このリビングを――寝室にしてもらえないだろうか」
「ここがツインルームですか」
「そういうことで、ひとつ……」
ギンさんの気持ちを察し、
寝姿から、新社会人ルミナさんの辛さも感じ取りながら。
「……ごゆっくり。」
「すまん、戸部くん」
「ではおれは、テーブルを片して、階上(うえ)の部屋に……」
「――了解した。
愛さんにも、よろしく言っといてくれ」
「言っておきます」
「お互い……いい夜を」
「……ギンさんまで、含みのあるようなことを……」
「愛さんと楽しんでくれ」
「それはさすがに……直球すぎるんでは」
「ごめんよ。デッドボールみたいなこと、言っちゃったな」
「……まあ、お互いさまでは、ありますが」
いまいち、煮え切らない返事を言っちまったが。
どうしようか。
愛は、部屋で、いま――。
あいつ、月曜は、何時限から講義だったか?
思い出せないのは、おれ自身の酔いのせいか、あるいは、ルミナさんの泥酔のせいなのか。
――まだまだ、日付は変わらない。