大学の先輩のルミナさんが、「リュクサンブール」にやってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はいかがなさいますか?」
「あとで呼ぶね」
「かしこまりました」
「――戸部くん。」
頬杖をついたルミナさんがクフフ、と笑って、
「だいぶ、サマになってきたね。」
「…そう言っていただけると、ありがたいです。
ではのちほど、またお伺いします…」
× × ×
例によって、「大学の先輩なら」とお許しが出て、ルミナさんとの雑談タイムに入った。
ルミナさんと向かい合うおれ。
なんだか、きょうのルミナさん、服装とか、大人っぽくて――変なたとえかもしれないが、すごく『お姉さん』に見える。
ファッションとかメイクとかの知識、まったくないんだが、
大人っぽい女性のひとを眼の前にすると、緊張しちまうんだよな、おれ……。
「どしたの? 戸部くん」
左手で頬杖をついて、上目遣いに、
「なんかからだがカタく見えるよ」
どっきり。
どうして見抜けたんですか、ルミナさん……。
「あの」
「?」
「おれ……、
その、年上の女のひとの前だと、どうも緊張してしまうみたいなんです」
「え」
目を丸くするルミナさん。
「……今までのあたしは、いったいなんだったの、年上のオンナって見られてなかったの」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど、きょうのルミナさんは――あまりにも一味違うので」
彼女の口元がほころんだ。
「すみません、藪から棒に変なことを……謝ります」
「戸部くん」
「……」
「あなた、やっぱり面白いね」
× × ×
しかし、会話を重ねるなかで、大人っぽい雰囲気だけではない、彼女の異変におれは気づき始めてしまった。
いや、異変、というよりも――、
彼女のコンディションに関わること、
つまり――彼女の「不調」だ。
「ねえ、愛ちゃん元気?
受験勉強で、くたびれてない??」
「…あの」
「んー?」
「愛のことを心配してくれるのは、うれしいんですけど。
ルミナさんこそ……、
くたびれてるんじゃないですか?」
無言になる彼女。
「どうしてわかるの…」とも、言ってはくれない。
言葉は絶え、ぐったりと俯(うつむ)く。
「るっ、ルミナさん、ほんとうに大丈夫ですか!?」
「…………就職活動が、ちょっとね」
「就職活動って、地方公務員…」
「試験受けてる、真っ最中だから。青息吐息」
テーブルに突っ伏するルミナさん。
大人のお姉さんでは、もうなくなっている。
まとう雰囲気が、いつものルミナさんに戻った感じで。
「……ギンもさぁ」
ダル~くつぶやく彼女。
「ギンのことも……気にかかるわけよ、あたし。
幼なじみとして……、
ちがう、幼なじみとして……以上に。」
「幼なじみ以上ってことは――」
「わかるでしょ、それぐらい、戸部くんだったら」
口ごもるおれ。
「あいつ将来どうするんだろって。
たぶん――今年度で卒業はしないんだと思う。
あいつと一緒に卒業しないわけでしょ。
そんなの人生で初めてだから。
あたしがギンを置き去りにしていくのか、
ギンがあたしを置き去りにしていくのか、
どっちだかわかんないよね。
気になって、考えちゃう、考えるたびに、くたびれが増して……」
「……ルミナさん」
「なぁに」
「ほんのちょっとだけ、席外しますね」
× × ×
「ルミナさん、
ハーブティー飲んで、疲れを癒やしてください。
いろいろ種類もあるんで。
いま、店長に言ったら――特別サービスで、半額にしてくれるって。
だから飲んでいってください」
そっと、おれはルミナさんに、ハーブティーのメニューを差し出した。
「戸部くん……。
戸部くんは、優しいね。
心配りが…あたしよりオトナだよ。
あなたの優しさ、ギンに見習ってもらいたいぐらい。
うれしいよ」
「――来週誕生日なんですよね? ルミナさん」
「どうして覚えててくれたの――」
「――心配りです。
お祝い、しましょうよ。」
「そういう戸部くんの笑顔――優しいね。
まごころがこもってて――優しい。
ひとを元気にするよ。」
「ベタ褒めですね」
「いいじゃん。
その笑顔――忘れないでね」