【愛の◯◯】呑んでも呑まれるな

 

去年同様、戸部アツマくんの邸(いえ)で、ルミナの誕生日を祝うことになった。

 

去年と同じ流れだ。

おれがバースデーケーキを買ってくる。

お互い、連れてきた友だちと一緒に、ケーキを前にして『ハッピーバースデー』の歌を歌い、ルミナを祝福する。

羽田愛さんが中心になって作ってくれた美味しい料理を食べる。

愛さんはルミナとおれのために1曲ずつ、ピアノで演奏してくれる。

 

「どうでしたか? わたしのピアノ」

「素敵だったよ」

月並みな褒め言葉しか返せなかったが、愛さんは喜んではにかむ。

「ギンは語彙(ごい)がないねえ」

「あいにくな、ルミナ」

「かといって、あたしも……すごく良かった、上手かった、としか言えないけど」

「言えないんかい」

「うれしいですルミナさん。その言葉だけで」

朗らかに笑う愛さん。

彼女が、眩しく見える。

ピアノも料理も、超一流。

率直に、戸部くんがうらやましい――おっと。

「前途洋々」ってことばが、ちょうどピッタリ当てはまるんだな、彼女。

それに比べて、おれは……。

 

「――どうしたんですか? ギンさん」

「えっ?」

「なんか、急に元気がないような顔になったみたいで」

愛さんが心配そうにおれの顔を見る。

「料理に嫌いなものでも入ってたとか」

「そ、それはないよ。断じてない」

「でも急に顔が曇ったから…」

 

「ギンは将来がナーバスなのよ」

「ルミナ……」

「4年で卒業できないのは確定的だし」

「えっルミナどこでそれを」

「知らない人間、いなくない?」

 

…そういうもんなのか。

 

「これからどーすんのよ、って感じだよねー。ホント」

そう言って缶チューハイをあおるルミナ。

いつの間にか、飲み会モードなのだ。

おれは焼酎をちびり、と舐める。

案外、静かに呑むのが好きなのだが、

目の前の幼なじみが、そうはさせてはくれない気がする。

「あたしはがんばってるよー、ギン」

「……わかってるよ」

 

「――ギンさんもいろいろ大変なんですね」

片手で頬杖をつき、愛さんがつぶやくように言った。

「――わたしも今年は、将来のことでいっぱい悩みました」

 

悩み「ました」ってことは――、

過去形――、ってことなんだなあ。

 

おれは思わず大きなため息をついてしまった。

それにビックリしてしまったのか、

「ぎ、ギンさん!?」

なにかマズいこと言っちゃったんだろうか!? というふうな表情になってしまう愛さん。

その様子が、10代の女の子らしくって、少しホッとして、思わず微笑(わら)ってしまった。

「なんだか情緒不安定だねえ、きょうのギンは」

「すまん。

 おまえの22回めの誕生日を祝うためにここに来たんだった。

 おまえが主役だった」

「……ま、いいんだけどさ」

何本目かわからないハイボールの缶をくゆらせて、赤みがかった顔でルミナも微笑(わら)った。

 

「あの…時間も遅いし、受験勉強もあるので、わたしそろそろ上の部屋に……」

「おお、悪いな、愛さん」

え~っ、愛ちゃんもう寝ちゃうの

 

なにを言い出すかルミナ。

 

「す、すぐに寝るわけではないですけど」

も少し夜ふかししてもいいんじゃないのぉ??

 もうコドモじゃないんだしぃ、愛ちゃんもぉ

 

「こコラっ、よせルミナ」

やっちまったか。

おれの監督不行き届きで。

アルコールが、ルミナの中で、爆(は)ぜた――。

 

そのとき、

 

「いいじゃんか、愛。そそくさ引っ込まんでも。たまには、夜ふかししたって、バチは当たらんだろ?」

 

アツマくん!?

戸部くん!?

 

愛さんとおれは同時に驚きの声を上げた。

 

「あしたも学校があるのよ、朝から。アツマくんあなたとは違うの」

「べつに深夜2時とか3時とかまでいろとは言っていない」

「いるわけないじゃないっ」

「少しだけ夜ふかしするんだよっ、ルミナさんとギンさんのそばに、もう少しだけいてやるんだよ」

腕をつねられながらも戸部くんは愛さんを引き止める。

「どうしてそんなこと…」

「…いや、愛も、もう子どもじゃないよな、って思ったからかな?」

「ルミナさんと同じこと言う」

「ああ。同じこと言った」

 

困惑する愛さん。

 

「いいだろ。いてやれよ」

「わたしがいたっていなくったって、おんなじ…」

「んなわけねーよ」

「どーしてわかるのよ」

「ルミナさんとギンさんの友だち、あらかた帰ってしまったし」

そう、いつの間にか、広い空間に人もまばらになってしまっていた。

ルミナとおれ、大学院生の流(ながる)さん、戸部くんのお母さん、そして戸部くんと愛さん。

残っているのはこれくらいだ。

「おまえがいてくれたほうが――賑わうだろ」

戸部くんは愛さんの顔をまともに見つめる。

どうしてもいてほしいの? ――アツマくん

無言で、彼は彼女の顔を見つめるまま。

な、なんとかいってよ

 

あたしはいてほしいな~~

 

「る、ルミナさん」

 

ギンのめんどー、みてやってよー、ギンったらほんとどーしよーもないんだからぁ

できあがったルミナが愛さんに絡みつこうとする。

おれにはルミナを全力で止めに行くことしかできない。

「やめような、ルミナ」

あんたがどーしよーもないからでしょー

「たしかにな……だが、超えてはいけないラインってものがあるんだ」

え~なんで~~

「聞き分けがないと、帰らせるぞ」

やだやだやだやだやだ!!!!! それだけはヤダっ

 

「ギンさん……」

喘ぎながらルミナを制するおれに、愛さんがことばを掛けてくれる。

「わたし……もうちょっとだけ、ここに残ったほうがいいみたいですね」

「い、いいんだよ気を遣わなくて」

「ルミナさんが心配なので……」

 

ほんとに。

酒ってやつは。

人を、変えちまう。

 

愛ちゃん、一夜をともに過ごそうよぉ~~」とかなんとか、尚もルミナは喚いている。

ため息を、ついている暇なんて、ない。

 

愛さんの顔を見て、

「しょうがなくってごめんな、ルミナが」

「――勉強になりました」

「?」

「大学4年になると、いろいろたいへんなんだなって。

 社会勉強できました」

「…それはよかったよ」

「ギンさん。」

「ん? …なんだい」

「お酒……強いんですね」

「……ルミナが、まだ子どもなだけさ。」