合宿1日目、まずわたしたちは勉強会をやった。
番組を作る上での心構えや具体的な方法などについて、意見を出し合った。
ここでぶつかり合ったのが、麻井会長と羽田くんだ。
実際のテレビ番組を分析して持論を述べた羽田くんだったが、「話が長い!」だの「論にツッコミどころ多すぎ!」だの、即座に会長が噛み付いて……。
負けじと羽田くんも反論して、議論が白熱したのは良かったけれど、イマイチまとまりがつかないまま勉強会はお開きになってしまった。
で、そのあとは番組制作の実践。
麻井会長の力を借りずに下級生3人で番組作りすることになっていた。
お料理番組。
羽田くんのお邸で収録するということで、彼のお姉さんの愛さんに協力してもらった。
番組タイトルも、『羽田愛のお料理学園』。
タイトルからして、もはや愛さんが主役である。
「冠番組」ってやつ?
本編は、オーソドックスなお料理番組みたいに、わたしがアシスタント役アナウンサーになって、講師である愛さんの指導をあおぐ、というスタイル。
ハンバーグの作りかたを教えてもらった。
愛さん――間近で見ると、信じられないぐらい、美人。
エプロン姿が可愛くて、可愛すぎて、このお料理番組の映像を観た桐原の生徒のあいだに『羽田愛さんを愛する会』ができないか、心配。
巷のアイドルなんか、目じゃないよ。
スカウトとか、されないのかなぁ?
ちなみに愛さんはエプロンもお手製らしい。
なんでもできるんだ。
弟子入りしようかな。
わたしたち下級生3人が番組作りに取り組んでいるあいだ、麻井会長はただ遠巻きにキッチンの光景を眺めているだけだった。
なんか、眠そうだったかも。
「くたびれ」も……やっぱりあるんだろう。
美味しいハンバーグができた。
ハンバーグをおかずにして、夕食。
そして、お待ちかねの、入浴タイム。
――お待ちかねといっても、何かが起こるわけでもなかったのだが。
あ、浴場がとても広くてビックリした。
わたしと会長だけでお湯に浸かったから、なんか贅沢だった。
脱衣所に、マッサージチェアやコーヒー牛乳自販機を置けそうなスペースもある、それぐらい広々で、快適。
とんだ豪邸に来ちゃったんだなー、とうっすら思った。
あー、
あと、要らない感想だけど、
脱衣所で、服を脱いだり、身体を拭いたり、着替えたりするわけですが――、
ここだけの話、
麻井会長、わりにちゃんとしたブラジャーつけてた。
――はい、要らない感想でしたね?
× × ×
「というわけで――あとは、会長と女ふたり、布団を並べて、就寝するだけなのであります」
「……なぎさ?」
「すいませんでした、カメラ目線で」
「どこにもカメラないでしょ」
「わかりませんよ? 例えば黒柳くんが――」
「アホなこと言わないでよ! クロに限ってそんなことしないよ!」
「へー。ずいぶん黒柳くんに信頼寄せてるんですね」
「……当たり前じゃないの」
ちょっかい、出したくなった。
「会長は……黒柳くんのこと、どう思ってんですか?」
「は? 撮影要員に決まってるでしょ」
そうじゃなくて。
「そうじゃなくて」
「――後輩の男子」
変な素振りはなし、か。
「なんなのなぎさ、アンタもしかして男子の品定めでもしようと思ってんの!?」
呆れたように、
「……アンタはクロのこととかどうでも良さそうだよね、いかにも」
「いかにも。」
「男としては、なんとも思ってない」
「よくわかっていらっしゃる」
苦笑いのわたしと、仏頂面の会長。
「じゃあ、羽田は? やっぱり1年男子は、お子様?」
「お子様とは、思っていませんけど――」
意味深長な間をもたせて、
「逆に訊きます。会長は羽田くんどうなんですか。男の子として意識したりはしないんですか」
とたんに、
あわてたような顔になって、
恥ずかしそうに、
会長が、わたしから眼をそらした。
――うそっ。
「その反応――、会長もしや、」
「なっ、なんにもない!! なんにもないから!!」
「『なんにもない』って言うひとが、なんにもないわけないじゃないですか!!」
「アタシはほんとうのことしか言わない……」
信じられない。
「アタシが、羽田に、後輩として以上の感情を持つなんて、ありえない」
そう言い張る会長。
「寝かせてよ……なんかくたびれちゃったし」
会長はそそくさと布団をかぶってしまったが、さっきのリアクションが予想の斜め上を行っていたので、わたしの眠気がどっかに行っちゃったりするのである。
予想斜め上……どころじゃなくって、
はるか頭上。
× × ×
あくる朝。
眠い目をこすりながら布団から起き上がると、会長がとっくに起きていて、窓からこぼれる朝の光を浴びている。
「会長、よく眠れました?」
「……」
こっちを向いてくれない会長。
「どうしましたー? 悪い夢でも見たんですかー?」
わたしに背中を向けたまま会長は、
「悪い夢は見てない。でも……」
「でも、?」
「夢の中で……」
「夢の中で、?」
「アタシの兄さんと……羽田のイメージがダブっちゃって……その」
それは。
つまりは。
振り向きざまの彼女の表情から、SOSのメッセージを受け取る。
泣きそうな、眼。
「兄さんと羽田を重ねちゃったのアタシ。どうすればいいのかな。羽田のこと過剰に意識しちゃう。おかしいよね、アイツ1年生なのに。でも気持ちが暴れて――このまんまだとアイツに顔合わせらんない。どうしようもないよ」
緊急事態……なのだが、とりあえず会長の肩を抱いて、どうにか落ち着かせようとする。
「会長、深呼吸、深呼吸」
「なぎさぁ」
「呼吸法。会長がむかし、わたしに教えてくれたでしょう? 会長だって、アナウンス、得意だったじゃないですか、元々」
……少しずつではあるが、からだの震えも、落ち着いてくる。
敢えて、励ましの言葉を。
「はやくしっかりしようよ……麻井センパイ。」