「いよいよもうすぐ本番だね。
緊張する?」
文化祭の『ソリッドオーシャン』のステージを前に、奈美がわたしに訊いてくる。
「そんなに。
場数を踏んだから……それに、きょうは学校のイベントだし」
「学校のイベントだからって手抜きはなしだよ、あすか」
ベースのレイが言ってくる。
「わかってるよぉ……」
「あすか」
不意に、ドラムスのちひろが問いかける。
「あすかは――自分の演奏を聴いてもらいたい、大事な人とか、いるの?」
「な、なに、本番前に急に」
奈美とレイまでニヤニヤしちゃって。
「秘密に決まってんじゃん」
ぶっきらぼうに言うわたし。
――『大事な人』、か。
「そういうちひろはどうなの」
「残念。
それを話してるヒマ、なくなってきたみたい」
ほんとだ。
スタンバイしなきゃ。
ちひろのズル。
――ともあれ、軽く深呼吸して、
4人の拳を突き合わせて、
ステージに向かうのだ。
× × ×
岡崎さんがいる。
来てくれたんだ。
意外。
来てくれたのなら、
最後までちゃんと聴いて行ってくださいよ、岡崎さん――。
× × ×
利比古くん、ちゃんと来てくれてるじゃん。
あとで感想、訊き出さなきゃ。
利比古くん、観客のスペースで、棒立ちで、眼がキョロキョロ泳いでいて、
一緒に暮らしてる身として――ちょっぴし情けなく思う。
もっと堂々としてればいいのに。
ま、
来てくれただけ、エラい。
× × ×
「あすか、MC」
「あ、ごめん奈美。
どうも『ソリッドオーシャン』です!!
奇妙奇天烈なバンド名でごめんなさい。
――だけど、近頃の不安定な大気をカッ飛ばして、どんどん場を盛り上げていきたいと思ってるんで、よろしくおねがいしまーーす!!
カッ飛ばす、といえば。
わたしは野球が好きです。
奈美やレイやちひろ――ほかのメンバーには、なかなか野球の魅力をわかってもらえないんだけど、
あの、カーンッ! っていう『打球音』が、どうにもたまらなくって、
やっぱり野球――大好きなんです。
で、わたしの野球好きが高じたのか、今回は――、
Base Ball Bear、やりたいと思います。
カッ飛ばしていくぞーーーーー!!!」
× × ×
シャワーを浴び、
ミネラルウォーターを飲みつつ、
邸(いえ)のソファでクールダウン。
すると、丁度いいところに、利比古くんがやってくるではありませんか。
「丁度よかった。座って」
「えぇ……命令ですか? あすかさん」
「そうかもしれないねぇ」
「……バンド演奏の感想を聞きたかったんですね」
「理解が速くてよろしい」
素直に彼はソファに座った。
「あの…、お疲れさまでした」
「わたし感想が聞きたいの。『お疲れさま』じゃ感想になってないでしょ?」
「そうですよね…」
「――利比古くんってさ、
優柔不断タイプなのか、そうじゃないのか、
イマイチはっきりしないよね」
テンパる利比古くん。
「――ごめんね。話題をそらしちゃった」
「ステージの、感想ですけど…」
「うん。」
「あすかさんが……堂々としていました」
「また漠然な」
「うぅっ」
「わたしは利比古くんのほうにもっと堂々としてもらいたいよ」
「……」
「意外と見えるのよ――ステージから、観客の様子」
「ぼくを見てたんですか」
「見てた」
「ずっと――ですか??」
「え、演奏もしてるのにずっと一点だけ見つめてるわけないじゃん?! とつぜんなに言い出すのっスットボケないでよ利比古くん」
× × ×
「あすかさんに――頭、はたかれたの、初めてです」
「そうだっけ?」