研修が終わって、帰宅。
くたびれはしたが、土日はまた休むことができる。
開放感アリだ。
リビングに向かって足を進めていく。
たどり着いたら、カーペットに置かれたテーブルの前に腰を下ろしている女子が、ふたり。
ひとりは、愛。
そしてもうひとりは、おれの大学のOGの茅野(かやの)ルミナさんだ。
「おかえり、アツマくん」
「研修ご苦労さま、戸部くん」
ほぼ同時に女子2名に言われる。
「ただいま、愛。こんばんは、ルミナさん」
返事すると、ルミナさんが、
「戸部くんより先に『始めちゃう』のも可哀想だし、愛ちゃんとずーっとダベってた」
なるほど。
「気をつかってくださって、ありがとうございます」
「わたしも気をつかったのよ~?? アツマくん」
向かい側から愛が言ってくる。
わかってるから。
「はいはい、わーってるから」
と言い、
「ギンさんからLINE来てるよな? 『先に始めておいていいよ』、って」
と言う。
「来てるわよ」と愛。
「ギンも律儀よね」とルミナさん。
「おれ、酒を取ってくるから」
「よろしくね」と愛。
「ワクワクする」とルミナさん。
念のため、
「ルミナさんは、はしゃぎ過ぎないでくださいね」
と言っておく、おれ。
ルミナさんは少し狼狽(うろた)え、
「そ……それ、どゆこと」
「ギンさんに、言われてたんです。
『おれひとりのチカラじゃ制御できないから、戸部くんも制御するのを手伝ってくれ』と」
× × ×
「ギン、酷いよぉ。あたしのこと、そんなに酒乱(しゅらん)だって思ってたの?」
ギンさんがおれより1時間遅れて邸(いえ)にやって来るなり、ルミナさんが不満を表明した。
荷物を置くなり、
「否定する余地があるか?」
とギンさんは、きっぱりと。
さすがだ。
幼なじみに対する理解が深いがゆえの……厳しさだ。
ルミナさんの前に、空いたビール缶が3本あるのを見て、
「ペースが速い。落とせ」
と、ギンさんはこれまた、きっぱり。
「むか~~っ」
ムカつきぶりを声に出すギンさんの幼なじみ。
「落としましょう。ルミナさん」
「戸部くんまで……厳しい」
ギンさんが、
「見てみろルミナ。おまえと戸部くんは共(とも)に、黒ラベルを3本飲んでいる。戸部くんが普段通りなのに対し、おまえの顔面はだいぶ赤くなっている」
ルミナさんは言い返せない。
「まだまだ、おまえを躾(しつ)ける必要がありそうだな」
――こういったやり取りを眺めていた愛が、自分のグラスにどぼどぼと日本酒を注(そそ)ぐ。
その日本酒を口にしてから、
「楽しいですねー」
「な、なにが楽しいの!? 愛ちゃん」
赤くなった顔のルミナさんが驚く。
「幼なじみって、やっぱり素晴らしいと思います。わたしとアツマくんの関係性とは、だいぶ違った関係性」
「……難しいこと言うのね、愛ちゃんも」
「えー?? ぜんぜん難しくないですから」
笑いながら愛は、グッ、と日本酒を飲んでいく。
炭酸を抜きにしたら……愛のヤツも、存外(ぞんがい)アルコールに強いんだな。
× × ×
20時を過ぎる。
デカい液晶テレビでバラエティ番組を視聴しつつ、飲み続けるおれたち。
あ、ルミナさんだけは、アルコールの供給がストップされている。
「愛。おまえも飲み過ぎんなよ」
たしなめるおれ、だったのだが、自分のことを指摘されたという認識が強かったのか、ルミナさんが不機嫌な眼で見てくる。
構わず、
「飲むピッチを徐々に落としていけよな」
と、おれは、愛に向けて。
「わかってるわよ。まさか、わかってないとか思ってたわけ」
愛は言い、
「酷いわねえ。『節度が無い』だとか、そういう認識があなたの中にあったっていうことなの?」
とか言ってくる。
そんなことは思っとらん。
だがね。愛さん、きみはだね、20歳を過ぎたばかりなのだよ。すなわち、アルコールにまだ馴染みきっていないのだよ。
飲み過ぎたら、節操がなくなる危険性がある……ってことだよ。
テレビから眼を離し、注意して愛の様子を視(み)る。
視ていた、のであったが。
「ルミナさあん。ギンさあん。
おふたりはぁ、そろそろぉ、結婚のこととか、視野に入れないんですかぁ!?!?」
アホンダラっっ。
愛……。マジでアホンダラだな、おまえ!?
甘かったのか。
そして、甘やかし過ぎたのか。
監督不行き届き。それ以外の何物でもない。
急いで。
急いで、愛のヤローのグラスを、取り押さえなければ……!!!