朝食の席。
「……意地張っちゃった」
「は!? いきなりなんだよ」
「きのうのこと。星崎さんに、意地張っちゃった。彼女の眼の前で、受験勉強始めたりして」
「たしかに、きのうのおまえの行動原理は、若干おかしかった」
「意地を張った結果よ」
「年上の女子だったから――ムキになったとか?」
「そこまではいかないけど」
「ふーん。でも、仲良くしたほうがいいと思うぞ、女子同士」
「わかってる。だから、反省してるの」
「そっか」
「――それはそうとして、アツマくん」
「なんだ」
「お醤油、取ってくれない?」
「自分で取れよ……」
「いいでしょ、アツマくんのほうがお醤油に近いんだから」
「相変わらず、愛も世話が焼けるやっちゃ」
「……どういう意味よっ」
× × ×
朝から、茶番を演じたみたいになった。
アツマくんとふたりだけでの朝ごはんだったから、致し方ない面もある。
2月。
入試、すぐそこ。
きょうも自宅学習。
午前中まるまる勉強に充(あ)てるのは、当然。
正午の5分前になって、キッチンに下りていく。
簡単な麺料理を作って、居間でダラけているアツマくんを呼び、またふたりで昼食を食べる。
「きょうの麺料理は、アツマくんでも作れるぐらい、簡単なものだけど――」
「――けど、?」
「受験が終わったら、やりたいことがあって」
「フム」
「それはね、自家製ラーメンを究(きわ)めてみたいのよ」
「究める、ねぇ」
「アツマくんだって、ラーメンには『うるさい』んでしょう?」
「まあなあ、ギンさんや鳴海さんに、いろいろな店を紹介してもらったし」
「わたしは有名店の味を超えてみたいわ」
「…でも、自家製ラーメンだと、限界があるような……」
「限界を超えるのよ!!」
「…その前に、受験がんばろうな」
× × ×
自家製ラーメン作りを再開したい。
UFOキャッチャーだって、解禁したい。
そのためには――まず大学に合格、を目指さなきゃだが、
午後から、勉強とは別に、やりたいことがあった。
× × ×
自転車に乗る。
向かうは、児童文化センター。
まだ幼稚園も小学校も終わっていないみたいで、ひと目見てセンターは閑散としていた。
入った瞬間、
「あら久しぶりね、愛ちゃん」
と、職員の松江(まつえ)さんに声をかけられた。
「はいお久しぶりです」
「きょうは、私服なんだ」
「学校がもう自由登校なんです」
「そっかあ……そろそろ卒業なのね」
「ハイ」
「――受験勉強をやりに、来たわけじゃないんでしょう?」
「まさか、まさか」
「ゆっくりしていくといいよ――子どもたちも、もうじきやって来る」
松江さんは優しく言ってくれる。
わたしが自販機に向かおうとすると、
「そうだ。これを訊いておかなくちゃと思ってたんだ」
松江さんが謎のひとりごとを言ったから、
「――訊いておきたいこと?」
思わず、わたしは振り返る。
「愛ちゃん、あなたの……彼氏くんは、どうしてるの?」
な……なにを言いますか、松江さん。
「アツマくん、だったっけ? 2、3回ここに来てくれたと思うんだけど」
いかにも、わたしとアツマくんの関係が微笑ましそうに、
「また来てほしいなー。子どもに馴染んでたし」
と言ってくる、松江さん。
「あ、アツマくんなら……邸(いえ)でダラダラゴロゴロしてます」
「引っ張ってこれないの?」
「いま、ですか!?」
「いつでもいいけど」
「…考えておきます」
……ようやくのことで、自販機のコーヒーのボタンを押す。
もちろんブラック。
こころの落ち着けも兼ねて、ゆっくりじっくりとコーヒーで一服する。
絵本を読んだりして、時間をつぶす。
図書室に読んだ絵本を返したあとで、ふと、歩き回りながら書棚をザッピングしていると、学習漫画・日本の歴史が眼に留まる。
そこからわたしは、歴史好きの長野源太(ながの げんた)くんのことを想い起こす。
源太くんはわたしの卓球仲間である。
いま、強引に卓球仲間認定した。
まあ卓球のほかにも、源太くんとはいろんな関わりがあったわけで。
「『詳しくは過去ログを――』は禁句か」
ひとりでにつぶやく。
だれも見てないよね? わたしを。
――それはそうと、たしか現在、源太くんは小学校6年生のはずで、ということはもうすぐ卒業だ。
もうこのセンターには、やって来ないのかしら。
それもさみしい。
身長、伸びてるかな。
ひょっとしたら成長期で、ぐーんと身長伸びて、声変わりだって――。
声変わりしたら……児童文化センター、行きにくくなるよね。
でも、また会いたい。
× × ×
児童がボチボチ増えた。
エレクトーンを適当に弾いていたら、小さな女の子がやって来て、わたしを真正面から見てきた。
この子は――愛称が『しずちゃん』、だったはず。
「しずちゃん、どーしたの? なにか、弾いてほしいの?」
「ちがうの」
「エッ」
「……アイねーちゃんの『おようふく』を、もっとみたいの」
――私服姿が新鮮、ってことか。
「じょしこーせーって、せーふくじゃなかったら、みんなこんな『こーでぃねーと』、なの??」
「それは……人それぞれだよ。みんな違って、みんないいの」
「??」
「みっ、みんな好きな服を着ればいいの!! それが、ファッションなんだよ、しずちゃん」
――黙って、わたしの顔をまじまじと見てくるしずちゃん。
「ごめんね……しずちゃんには、難しかったかな……」
とかなんとか言っていると、
「アイねーちゃん、びじん」
「……そう?」
「びじん。」
「それは……ありがとう。」
お礼に、1曲弾いてあげようかしらと思っていると、
「アイねーちゃんは……、
びじん、なんだけど、『かれし』のおにーちゃんがくると、もっともっとびじんになる」
「……どうして、わかるのかな?」
「わかんない」
「わ、わかんないのは、それはそれで、こまっちゃうな」
「『でーと』するんでしょ?? アイねーちゃんも」
「ず、ずいぶん、おませさんだね、しずちゃん」
「あ、デレデレしてるー!」
「――ほんとうに、おませさんなんだね……」