【愛の◯◯】女子大生スマイルと女子高生スタディ

 

起きた。

もう少し、寝ていたいけど、時間が許してくれない。

 

ひとりで寝て、

ひとりで起きたのに、

パジャマが……かなり、はだけている。

 

慌て気味に、ボタンを留めようとしていたら、

ノックもせずに、母が入ってきた。

 

「の、ノックぐらいしてよっ、お母さん」

「あ、ごめんごめん」

「もう」

「――友だちのところに行くんでしょう? 早く起こしてあげないと、と思って」

「お節介」

「そう?」

 

母は、なかなか部屋を去ってくれない。

……面白そうに、起き抜けのわたしを眺め回したかと思うと、

「いくつになっても寝相が直らないね、姫は」

からかうように言ってくる。

わたしの乱れたパジャマのことを言っているのだ。

恥ずかしい。

 

胸の近くのボタンを留めたりして、上のパジャマをちゃんとすることに懸命になっているわたしに、

 

「――パンツ見えちゃうよ?」

 

と、下のパジャマの緩(ゆる)みを指摘してくる母。

 

恥ずかしいったらありゃしない。

慌てて、ボタン留めを中断して、パジャマのズボンを引き上げる。

 

× × ×

 

20歳にもなって、「パンツ見えちゃうよ」とか寝起きに言われるなんて。

 

星崎姫(ほしざき ひめ)、20歳、女子大生、1月最後の朝は……どうしようもない自己嫌悪で幕を開けた。

 

 

洋服選びもそこそこに、髪を梳(と)かす。

果たして、どれだけ入念に髪を手入れすればいいのやら――とかなんとか考えながら、ブラシを動かす。

 

戸部くんのための身だしなみではない。

戸部くんの邸(いえ)にいっしょに住んでいる、羽田愛ちゃんのための身だしなみなのだ。

さっきの寝起きみたいな、だらしなさを、愛ちゃんに見せるわけにはいかないのだ。

 

 

――そろそろ電車に乗らなければ。

ブラシをベッドに放り投げて、部屋のドアに向かって突き進む。

 

 

× × ×

 

 

「おはよう戸部くん」

「約束の時間ピッタリに来たな。おまえにしては珍しく」

「……『おはよう』には『おはよう』で返してよ」

「あーおはようさん」

「適当っ」

「すまん」

「あと『おまえにしては珍しく』は、すっごく余計」

「すまんかった」

「――あがらせてもらうわよ」

「ど~ぞ」

「…戸部くん」

「なぁに」

「…さっき起きたんじゃないの? あなた」

「なぜに、そう思うか」

「外に出歩くようなシャツじゃないでしょ、そのシャツ」

「たしかに星崎のご指摘通りだが」

「だが、ってなによ、だが、って」

「残念ながら……おまえよりは早く起きたと思うぞ」

 

× × ×

 

なんの根拠があって、

わたしより早く起きた、って言えるのっ。

 

破格の広さのリビング。

戸部くんと向かい合い。

わたしは、露骨に、スネていた。

 

「おいおい、後期の打ち上げするんじゃなかったんかよ」

「……」

「酒でも、飲みたいのか?」

 

なに言い出すのっ。

 

「……午前中から酔っぱらう女に見える? わたし。いくら、日曜だからって」

戸部くんはテンプレート通り面食らって、

「そっ、そんなこと言ってねぇだろっ!」

「『酒』とか言い出したのはあなたじゃないの」

「うっ……」

 

右手で頬杖をつき、

もう一方の手の指で、テーブルをコツコツ、と叩く。

 

「……ご機嫌斜めか?」と戸部くんが訊く。

「べ・つ・に」とわたしは答える。

 

おもむろに、

「……愛ちゃんは?」

と、わたしは戸部くんを揺すっていく。

 

「勉強中だ。入試も近い。無理に呼び出さないほうが――」

「戸部くんの、大学での面白エピソード、聞かせてあげたいのに」

「おまえなぁ」

「愛ちゃんを喜ばせたいの、わたしは」

 

なんとかして彼女を召喚できないかな――と思っていたところに、

運良く、彼女が、愛ちゃんが、姿を現した。

リビングに近づいてくる。

 

「どうしたんだよ。勉強はいいのかよ」

無言で、愛ちゃんは戸部くんの右隣に腰かける。

「こら、なんとか言えよっ」

意に介さないように、

「……ちょうど、アツマくんと星崎さんがリビングで話してる頃合いだと思って、部屋から下りてきたら、ビンゴだった」

「そんなに、わたしに会いたかった?」

愛ちゃんの顔を見て、訊いてみると、

「はい、会いたかったです」

「――そう。」

 

× × ×

 

美人に、磨きがかかっている。

もう、高校卒業間近なんだもんね――。

 

どんな大学受けるか、訊いてみた。

 

「――私立なのね。ちょっと意外」

「自分の意志で、決めた道なんです――学費的には、親不孝ですけど」

「同じ私立文系だけど、わたしたちの大学よりは、圧倒的に偏差値高いよね」

「偏差値で決めたんじゃないんです」

決然たる意志が、感じられる、声。

 

「やりたいことができる大学なんだってさ」

戸部くんが言う。

「星崎も応援してやってくれよ、コイツを」

となりの愛ちゃんは、真面目顔を崩さない。

そんなに肩の力を入れなくても…と思いつつ、わたしは言う。

「――そうだね。

 わたしと戸部くんの、後期のお疲れさま会、するつもりだったけど、

 愛ちゃんの入試を、激励する会に――してみよっか。」

「そうだな。それがいいな」

戸部くんは同調してくれる。

愛ちゃんは、戸惑い気味に、

「激励って……なにを、どうやって?」

わたしはトボケて、

「あー、たしかに。

 ……なんにも考えてなかった」

面食らう愛ちゃん。

「どんなことしたら、愛ちゃんの激励になると思う? ね、戸部くん」

「無茶振りか」

「無茶振りじゃないよ」

「……すぐには、思いつかない」

「じゃあ――、戸部くんが考えてるあいだ、わたしとお話しようよ、愛ちゃん」

不意を突かれたように愛ちゃんは、

「お話、って……どんな話を?」

「いろいろ、話の引き出しあるんだよ。

 わたし、あなたより、お姉さんだから」

――挑発するみたいな感じになってしまった。

わたしの余計なひとことで、余計に愛ちゃんがうろたえ加減になる。

マズかったかな。

こういうときの、アフターケアは……、

笑顔。

話をする代わりに、優しく笑って、愛ちゃんをジッと見つめる。

女子大生スマイル。

……うまく笑えてるかな、わたし。

『わたしは怖くないよ~』って、そういうふうに、愛ちゃんの戸惑い混じりの緊張を、解きほぐす。

 

弱った顔になる愛ちゃん。

わたしの女子大生スマイルの勝利か。

あとは――もっと自然体になってくれれば、言うことなし、なんだけど。

 

スーッと、愛ちゃんが立ち上がった。

女子大生スマイルの効き目が、強すぎた?

 

「どしたの、愛ちゃん」

「……5分間だけ、待っていてください」

そう言うと、彼女は急ぎ足でリビングの向こうに消えていった。

 

× × ×

 

激励の方法を考え続けているらしき戸部くんの沈黙ぶりを観察していると、

「おまたせしました」

愛ちゃんが戻ってきた。

両手に大量の勉強道具を抱えて、戻ってきた。

 

「――なにごと??」

 

今度はわたしのほうが少し困り始めていると、

 

きょうは、ここで受験勉強します

 

――え。

 

「……集中できるの?」

「はい。アツマくんと星崎さんがいてくれたほうが、集中できるので」

 

こっちのほうが――むしろ、落ち着かなくなるかも。

 

「と、戸部くん、どうしよう」

「ん?」

「『ん?』じゃないわよっ」

「どうしようもなにも、愛の自由にさせてればいいだろ」

「でも、愛ちゃんが勉強してる横で、わたしたちいったいなにをどうすれば…」

「…打ち上げ、するんだろ?」

「そうですよ、存分に打ち上げしちゃってください」

あ、愛ちゃんまで……!

「う、打ち上げよりも、愛ちゃんを激励する、っていう、流れじゃなかったかな」

「じゃあ激励もしてください」

愛ちゃん……。

 

「そうだな、打ち上げしつつ、激励しよう」

「……いったいなにをどうするっていうの」

「星崎、そういう言い回し、好きなんだな。さっきも『いったいなにをどうすれば…』って」

「軽くパニックだから、語彙(ごい)が減ってるのよ」

「落ち着け」

「――ね、ねえ愛ちゃん。ほんとのほんとに、わたしと戸部くんがガヤガヤしてても、迷惑じゃないの?」

「星崎さん」

「……はい。」

「落ち着いてください」

「……」