「戸部くん、なんでそんな不機嫌なの?」
講義終了後、星崎姫が、さっそく、攻めてきやがった。
「べつに……機嫌は、いつもと変わらないから」
まるでツンデレのような態度をおれがとったら、
「その反応が変だよ」
「変って……なんだよ」
「ぜんぜん、戸部くんらしくないじゃない」
「じゃあ『おれらしい』ってなんだ、『おれらしい』って」
「ふだんの戸部くんにはもっと余裕があるよ。いまは、ほんとに余裕がない!! って感じ」
けっ。
立ち上がり、荷物をまとめて、教場を出ようとしたが、
「ちょっと待ちなさいってば」
星崎が、おれのジャケットをくいくい、と引っ張ってくるのだ。
おれより一段下の席から引き留めてくる星崎。
自然、高みから星崎を見下ろす格好になる。
「――ずいぶんと上から目線ね」
「仕方ないだろ、段差とか、身長差とか」
「ムカつくけど、立ち止まったのはホメてあげる」
「ムカつくかホメるかどっちかにしろ」
あと、いい加減ジャケットから手を離せ。
このワガママっ子が。
「子どもを見るみたいな眼で見ないでよ。わたし大学生なんですけど」
「そこ、アピールするとこか」
「お酒だって飲めるんだよ。早生まれのだれかさんと違って」
いつの間におれの誕生日知りやがった。
「…ねえ、戸部くんももっとオトナになったら?」
「なにが言いたいかハッキリさせてほしいんだが」
「させてるよ! にぶいんだから」
「ハァ?」
「不機嫌の理由、とっくにわかってるんだから」
上目づかいが、グサリとおれを刺してくる。
「ケンカしたんだよね? 羽田愛ちゃんと」
× × ×
ちくしょうちくしょうちくしょう。
……と、思わず3回「ちくしょう」を繰り返してしまうぐらい、星崎に不機嫌の理由を見透かされたことが、くやしかった。
そしてイライラしてきたから、食い物に当たらにゃ気が済まんという気分になって、キャンパスの近くのマクドナルドに急行し、ビッグマックその他をヤケ買いして、「MINT JAMS」のサークル部屋に持ち込んだ。
ムシャクシャとビッグマックを食べていると、
「――戸部くん、カロリーオーバー」
は!?
「冗談で言っただけだよ。もしかして、真に受けた? なんか、切羽詰まってる感じするし」
おれは、チキンマックナゲットに手をつける。
いったい何ピースのナゲットを買ったのかは……伏せておくとして、
「カロリーオーバーはねぇよ。八木と違って、鍛えてるんだからな」
「鍛えてる、って、運動?」
「そうに決まってんだろっ」
Lサイズコーラをガシュガシュと飲む。
このコーラがゼロカロリーだったかどうかは、定かではない。
「…食ったぶん、ちゃんと動いて、消費する。とくにストレスで食いすぎたときは」
「まさにいまだね」
あー、図星ですよー、八木さんよ。
「ストレスの原因……当ててみよっかな」
八木……。
おまえまで、星崎のような真似を。
「東京都多摩地方某所に、大学生の男の子と高校生の女の子が、ひとつ屋根の下で暮らしていました。
女の子は男の子のことが好きで、男の子はその気持ちを受け入れており、やはり男の子のほうでも『好きである』という感情は否定できず、要するにふたりは恋人同士なのです。
だけど、好きであるがゆえに――しょっちゅうふたりはケンカをします。
今朝もそうでした。
些細なことで、ぶつかり合いになって、
女の子は『もう知らない!』と言って家を出て、
男の子は反省しようと思っても、素直に反省しきれずに、モヤモヤとした気持ちで居間のソファに座っていました。
やがて大学に行かなければならない時刻になり、モヤモヤを抱えたまま、男の子も家を出ていきました。
――で、そんな気分だと、大学の講義も、とうぜんアタマに入ってきません。
講義が素通りです、うわの空です。
さあ、こうなると、男の子の単位のゆくえが怪しくなってきました。
彼は、落第せずに仲直りできるんでしょうか?
ビッグマックを2つも3つも食べている場合なんでしょうか!?」
「おれは……ビッグマックを、2つしか食っていない」
「やーそこは重要じゃないでしょー」
「おまえの物語は、どこかで脱線している」
――だけど、八木が物語った内容は、だいたい当たっているから……寒気(さむけ)が走る。
図星なんでしょ? と言いたげに得意そうにしている八木から、わざと視線をずらそうとした。
そのとき。
サークル部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
× × ×
ルミナさんの入室によって、男女比が1:2に。
これはつらい。
女子ふたりから、挟み撃ちにされる危険性が……。
「ルミナさんルミナさん」
「ん? 八木さん、面白い話でもあるの」
「はい。戸部くんが痴話喧嘩です」
こ、
こ、
コンニャロ、
だーーーーれが痴話喧嘩じゃっ。
「へぇ~~~~~~~~~~」
満面の笑みでルミナさんがおれを見てくる。
「それでマックの袋がそんなに大きいんだあ」
「か、関係ないですよ」
全力で否定。
マクドナルドで買い込んだのは事実だが、とにかく全力で否定。
「痴話喧嘩を紛らわすためにヤケ食いしてんのね」
「ルミナさんまで痴話喧嘩言わないでください…」
「あなたと愛ちゃん、この前あたしとギンがお邪魔したときも、ケンカしてたよねえ」
1月2日、ルミナさん・ギンさんを交(まじ)えて、邸(いえ)でテレビゲームに興じていた。
メガドライブやらメガCDやらセガサターンやらHiサターンやらドリームキャストやら、往年のセガハードをルミナさんが『発掘』してきたのは楽しかった。
それはそれでよかったのだが、
愛とパワプロをやり始めたのが、いけなかった。
「――戸部くんが手加減しないから、愛ちゃんが途中で試合放棄しちゃってさ」
「パワプロで痴話喧嘩したの!? 戸部くん」
眼をまん丸くして、おれを見てくる八木。
「『痴話』は余計すぎる。それにちゃんと仲直りした」
「でもきょうのケンカは仲直りしてないよね」
間髪入れず、ズバッとおれの泣きどころをえぐってくる。
八木に防戦一方。
「いったいきょうはなにが原因のケンカだったの」
「あたしもそれ、知りたい」
八木とルミナさんが、ふたりしておれを詰めてくる。
これが、挟み撃ちかよ。
「ん、んーっと……」
歯切れ悪く、おれは白状し始める。
× × ×
「そんな些細なことでケンカできるのも才能だよ」とルミナさん。
「ケンカするほど愛し合う、ってことね」と八木…。
…おいおい、気色悪いこと言うなよ、八木。
しかし、
「今回のケンカの責任は戸部くんだよ」
へなちょこのおれの精神状態をぶった斬(ぎ)るようにして、八木が責任の所在を断定する。
「帰ったらすぐに羽田さんに謝るんだよ」
「……できるかな」
「なんでそんなトーン低めなの、文字も小さくなってるじゃん」
「るせっ八木」
「あたしも、戸部くんのほうから『ごめんなさい』を言うべきだと思うな」
ルミナさんの追い打ち。
「しっかりしなよ。しょげてるのは戸部くんらしくないよ」
ルミナさんの激励は、もっとも。
「心配になってきたよ。あたしもうすぐ卒業するし――戸部くんのことを、このまま放っておいていいのか」
ルミナさんの懸念が、ちょっぴり過保護。
「戸部くんお姉さんいないんだしさ――お姉さん代わりになってあげたい、って気持ちがあるの」
「ルミナさんが……おれの……お姉さんに……」
「きょうこれから半日、あたしが戸部くんのお姉さんになってあげようか?」
「いきなり……なんで……そんなことを……」
「面倒見てあげるってこと。戸部くんズタボロだから」
「もっと……具体的に……お願いできますか」
「どーしてそんなに途切れ途切れの話しかたになるのっ」
「……すみません」
「とりあえず、近場のゲームセンターでも行こうか、お姉さんと」
「ゲーセンでなにするんです……」
「チュウニズム」
「お姉さんセガの回し者ですかっ」