昼休みに入った途端、恵那(えな)からLINEが来た。
『お昼』
いや…、『お昼』だけじゃ、なんにもわかんねえよ。
『お昼ってなんだ
もしかして、昼飯のことか』
『弁当』
…『お昼』に『弁当』。
2文字しか送ってくれないから、恵那の意図を理解するのに、ものすご~く苦労する。
骨を折る。
文字通り、骨折してしまうんじゃないかと不安になるぐらい、骨を折る。
これ以上、ケガするのは、ごめんだぞ……恵那。
× × ×
『お昼』に『弁当』を作った。
だから、いっしょに食べよう。
――やり取りの末、恵那の伝えたいことがようやくハッキリした。
で、そっと教室を抜け出し、忍び足で、約束の場所へとやって来たのだった。
たぶん、ここなら人目につかないだろう。
たぶん。
「そんなキョロキョロしないで」
恵那は容赦なく怒ってくる。
「わかったよ…」
「ほんとにわかったわけ!?」
なんでそんなに容赦ないの。
「見られたってどうでもいいでしょ。どうせあと少ししたら卒業しちゃうんだし」
「たしかに…」
立ったまま向かい合っている、おれと恵那。
袋に包まれた弁当箱を、恵那が渡してくる。
「サンキュ」と、感謝のことばを言いながら受け取る。
すると、これまでになかったような、幸せそうな笑顔を、恵那が見せてきた。
なんとも言えないぐらい……優しさにあふれている、笑顔。
恵那が笑っているのを見ること自体が少なかった。
こんな笑い顔を……作れるなんて、思ってもみなかった。
作ってもらった弁当は食べなきゃいけないので、とりあえず、そこらへんに腰を下ろす。
ほとんど同時に、恵那がとなりに腰かけてくる。
自分が食べるぶんの弁当を出して、スカートの上に置く。
丈(たけ)が短い……とか思ってる場合ではもちろんなく、袋をほどいて弁当箱のフタを開ける。
そして、女の子に弁当を作ってもらったのは生まれて初めてだよなあ……と感慨にふけりつつ、恵那が作ってくれたオカズを味わう。
「……おにぎりは最後に取っておくんだ」
興味深そうに、手元を観察してくる恵那。
つーか、もうおまえ弁当食ったのかよ。
食うのが早(は)えーよ。
――それはいいとして、
「このおにぎりも、おまえの手作りなんだよな」
「なんでそこ疑うわけ、失礼なっ」
「いや、ちょっち語弊(ごへい)があったな」
「はぁ?」
「おれが言いたかったのは……、自分でおにぎりをにぎるぐらい、おまえはがんばったんだなー、って」
「自分でおにぎりにぎるに決まってんでしょ、手作り弁当なんだから」
「ことばが、まだ足りなかった……ふたり分の弁当を作るんだから、おまえはがんばりすぎるぐらい、がんばったんだよなあ。何時間もかかったはずだ。早起きだったんだろ? 朝は寒いのに。――どんだけ感謝しても、しすぎることはない」
おもむろに、おにぎりを口に運び、もぐもぐと食べ始める。
ひとつ目は、梅干し。
ふたつ目は、明太子――おいおい、凝(こ)ってんな、具。
「宏(こう)、お茶……」
差し出すコップを受け取り、飲む。
水筒もふたり分持ってきたのかよ。
……重かっただろうに。
それはいいとして、お茶が、温かい。
唐突に、
「……告白……しても、いいかな?」
と、恵那が切り出した。
120パーセント不意打ち。
タイミングが悪ければ、飲んでるお茶にむせるところだった。
「あのー、恵那さん? 告白は、もう済んだと思うんですが、お互い」
「わかってないなー」
「なにを」
「そういう告白とは違うから」
「じゃあどういう告白だよ…」
「告白というより……白状。」
「へっ?」
しどろもどろに彼女は、
「おにぎり……おにぎり、わたしだけで作ったんじゃなくて……つまりどういうことかというと……、つ、つまりね、たしかに、わたしはおにぎりにぎったんだけど……にぎったのは、事実として、おにぎりの中身選んだのがわたしなのも、事実として――ん~っと、え~っと、」
「おちつけ」
「ん……」
「――お母さんに、おにぎりのにぎりかたを、教わったんだな」
「どうしてわかるの……」
かわいいなあ。
かわいいったら、ありゃしない。
恵那の、もうひとつの素顔――、
いまのところ、おれだけが、知っている。