「アタシ、きょうで会長やめる」
とつぜん、麻井会長が、そう言い出した。
後輩3人の視線が会長に集まる。
「――だって、次期会長は、なぎさに決まったんでしょ? 心置きなくやめられるよ」
それは、そう。
「引き継ぎ兼引退式やろうよ」
「引退式って……」
思わずぼくがつぶやくと、
「羽田は黙れ」
会長に一喝(いっかつ)される。
「なぎさ、ちょっとこっち来なさい」
会長が座っているところに歩み寄る板東さん。
立ち上がって、板東さんと向かい合う会長。
「でも、なんでまた、このタイミングで?」
板東さんが問う。
「引き際を間違えたくなかった。3学期アタマが、ちょうどいい区切りだと思った」
「じゃあ、なんでおとといの始業式の日に、言わなかったんですか」
「それは……少しだけ……迷ってたから……」
「会長」
「会長も――迷うんですね」
「……なに、それ」
「わたしは、会長のそういうとこ、かわいいと思います」
まるでうなだれるように、下を向く会長。
小さな身体(からだ)が、ますます小さくなっていくように見える。
「下向かないでくださいよー。引き継ぎなんでしょ?」
「……『引退式』とか言ったアタシがバカだった」
「そんな……」
しばしの微妙な沈黙のあとで、
会長はうつむくのをやめ、板東さんの顔を見上げるようにして、
「なぎさは、ちゃんとやるに決まってるから。責任をもってKHKを運営できる、って。――その調子ならたぶん、KHKをもっと良くしていける」
板東さんを直視しながら、
「KHKを、なくさないでね――なぎさ」
板東さんのほうは、微笑みっぱなしで、
「――わかってます。わかってます、全部。
だけど。
愛の告白みたいに、言わなくてもいいのに」
ビクッと来たらしい会長は、
「ア、ア、アタシ、女子に告白する趣味なんてないから」
「――男の子がいいんですね?」
切り返す板東さん。
会長のほっぺたが軽く赤に染まる。
「……知ってるくせに」
捨てゼリフ。
でも、なにが、「知ってるくせに」なんだろう。
「もう引き継ぎ兼引退式は、打ち切り」
「……それで終わりなんですか? 会長」
ぼくが疑問をぶつけてみると、
「こんな茶番……視聴率が取れないじゃないの」
「いや視聴率ってなんですか、視聴率って」
「羽田はテレビオタクだから、ビデオリサーチって知ってるでしょ?」
「勝手にテレビオタクにしないでくださいよ…知ってますけど」
「ビデオリサーチの公式サイトにも記録されないよね、こんなやり取り」
「ただの高校生の部活引き継ぎを、どの局が好き好(この)んで全国中継すると思ってるんですかっ」
セレモニーで高視聴率が取れるのは……かつての有名人の結婚披露宴ぐらいのものだ。
「――羽田も、あんがい冗談が通じないね」
「通じてますから。ツッコミ役をしただけです」
すると板東さんが、
「漫才みたい。」
と面白そうに言ってくるのだ。
ぼくと、麻井会長の掛け合いが?
「アタシはコイツと漫才やってるつもりないんだけど」
「阿吽(あうん)の呼吸。」
「は!?」
「夫婦(めおと)漫才みたいだって言ってるんです」
のけぞる会長。
耳まで全部、赤くなって。
「会長が卒業して、羽田くんとのさっきみたいな掛け合いが見られなくなるの、名残惜しかったりするんです」
「……名残惜しいもなにも、必然でしょ」
「くやしそう……」
「なんにもくやしくなんかないよ、きっぱりアタシ卒業して、身を引くんだもん」
「……心残りは?」
「なんでそうやって問い詰めるわけ!? 怒るよ、なぎさ」
どんどん会長の周りの空気が険悪に。
引き継ぎが――台無しになってしまう。
「そのへんにしとこうよ、板東さん」
鶴の一声(ひとこえ)、だった。
「からかいすぎるのも、ほどほどにしないと」
黒柳さんが、穏やかに板東さんを諭(さと)す。
板東さんは不服そうに、
「黒柳くんに……怒られた」
「なぎさ。アタシは怒るのやめた」
「会長…」
「ここでこれ以上言い合っても、こじれるばっかりだよ」
「会長……わたしが言い過ぎましたっ」
「はいはい。
――黒柳(クロ)が、大人だったね。ちゃんとなぎさを制御できるんじゃん」
そして、黒柳さんのほうを向いて、
「安心だよ」
なんとも言えないムードだ。
引き継ぎ兼引退式……をしてたんだよね、ぼくたち。
× × ×
そのあと、『引退後の麻井会長をどう呼ぶか』ということについて話し合った。
麻井『名誉会長』か。
あるいは、単に、麻井『さん』とか麻井『センパイ』とか呼ぶのか。
「好きにしなさい」ということばを残して、麻井会長は【第2放送室】を出ていった。
黒柳さんも帰り、【第2放送室】にはいま、ぼくと板東さんだけだ。
「あのー、今後は板東『会長』って呼んだほうがいいのでしょうか?」
「それはヤダ」
「なら……これまでどおりで」
「ごめんね羽田くん、わたしがあまりにも大人げなくって」
「気にしてませんよ」
「――少しは気にしても、いいと思うんだけど」
「? どういうことですか」
「そういうところだよっ」
「……?」
「――羽田くん、1学期に、女子に告白されたんだってね」
「!? どうして、それを……」
「そりゃバレるよ。なんだかんだで、狭い世界なんだもん」
「……そうですか。」
「そうですかじゃないっ」
「す、すみません」
「――2学期は?」
「えっ」
「2学期は、告白されずじまいだった?」
「は……はい、そういうことは、ありませんでした、2学期は」
彼女はホッと胸をなで下ろして、
「よかったー」
「なにが……よかったんでしょうか」
「だって。
立ちはだかる敵は――いないほうがいいから」
??
「だれとだれのあいだに……敵が立ちはだかるんですか?」
「ふふん♪」
「『ふふん♪』じゃないですよ」
「ふふふん♫」
「……そ、そろそろぼくは帰ります」
「――『あしたは、どっちだ』」
「なんですかそれ!??!」
「『わたしにゃ、女子の血が騒ぐ』~」
「………節(ふし)をつけて歌うのはどうしてですか」
「羽田くん」
「まだ、なにか!?」
「せっかくウチの高校、ボクシング部あるんだしさ。こんど中継番組、作ってみない?」
「なぜ唐突にボクシング部かはわかりかねますが、中継するのは面白いかもしれませんね」
「じゃ、前向きに検討しよう」
「ですね」
「元ネタ、知らないんだ」
「――え??」