【愛の◯◯】もっとずっと、人間らしく。

 

きょうで、私立の受験も、一段落した。

まだ、本命の国立が、残ってるけど。

 

「さて――、どうしようかな、このあと」

まっすぐ帰宅…も、なんだか物足りない気がして、

アタシは受けた大学の入口で迷っていた。

 

――そうだ。

桐原高校は、ちょうど放課後が始まる時刻。

 

行ってみようか。

あの場所に。

いや、行ってみようか、じゃない。

行くしかない。

 

気づくと、桐原の最寄り駅に向かうために、アタシは地下鉄に乗り込んでいた。

 

 

× × ×

 

オンボロの旧校舎。

アタシを待ち遠しがっていたのかもしれない、旧校舎。

 

「――来たよ。」

 

旧校舎の階段をのぼる。

【第2放送室】は眼の前。

明かりが灯(とも)っている。

アタシ以外、全員集合してるはず。

 

ゆっくりと、ドアノブに手をかけ、回す。

――ドアを開くと、後輩3人が、やっぱり来ていた。

 

なぎさ、

黒柳(クロ)、

……羽田。

 

……羽田に視線が行ったとたん、アタシの胸がドクン! と高鳴る。

 

「麻井先輩」

羽田のほうから、呼びかける。

「ぼく、待ってました……麻井先輩のこと」

 

体温を下げようと思っても、

自力で下げることはできない。

人間は、そういうふうにできている。

 

「必ず、卒業までに、KHKに、来てくれるって。ぼくは思ってました」

羽田は――無邪気に――アタシが来ることを、期待してたんだ。

羽田はたぶん、なんにも気づいてないけれど、

羽田のことばを、受け止めるごとに、

アタシは――冷静でなくなっていく。

 

「…じゃあ感謝してよね」

そっけなさを装って、羽田からプイ、と顔をそむけ、

ミキサー脇の『指定席』に座る。

 

ごめん……羽田。

いつもアタシ……突っぱねてばっかで。

この期に及んでも。

バカだよね。

 

× × ×

 

もっとちゃんとしなきゃ。

ケジメ……っていえばいいのかな。

残された時間は、もうほとんどない。

 

この気持ちを――宙に浮かせたまま、羽田と別れてしまったら、

ぜったい後悔するし、ぜったい今より苦しくなる。

 

どうすればいいんだろうか?

頭の中は、グジャグジャ状態。

まとまりがつかない。

 

こころの迷路をさまよっていた。

眼の前で後輩トリオが話し合っているのが……聴こえないぐらいに。

 

「麻井先輩、どうかしましたか?」

羽田に声をかけられて、アタシはハッとなる。

「どうも……してないけど」

「悩んでるような、顔だったんで」

 

羽田、コイツは……、

アタシの気も、知らないで!

 

吐き捨てるようにアタシは、

「なに話し合ってたか、教えてよっ」

「え? 聴いてなかったんですか? ランチタイムメガミックス(仮)の――」

「羽田くん」

なぎさが、羽田をさえぎった。

「『聴いてなかったんですか』なんて、言っちゃダメだよ。麻井さん、入試で疲れてるんだよ」

「――そうでした。問いただすような言い方で、すみませんでした、麻井先輩」

 

なぎさ……、

いいよ……そんな配慮は。

 

「聴いてなかったアタシも、悪いから……。

 それで、ランチタイムメガミックス(仮)の、なにを話し合ってたわけ」

「いいかげん正式タイトルを決めちゃおうと思って」

答えたのは、なぎさだった。

「どうせわたしが単独パーソナリティだし、

板東なぎさのナギナギラジオ

 とか、いいんじゃないかな~~、って」

「――なぎさが前面に出すぎじゃないの、それ」

 

× × ×

 

「ボクシング中継番組、ほとんど出来上がりましたし、ぜひ今度麻井先輩にも観てもらいたいと思ってます」

そう言ったのは、羽田。

反射的に、

「今度――か。」

ほとんど独り言同然にアタシが言うと、

「先輩は、いつが都合いいですか? やっぱり国立の試験が終わったあと――」

「あのね羽田っ」

「――?」

「この際だから、クギをさしておくけど」

「??」

「鈍感と無神経さが、アンタの最大の欠点だよ」

「……はい。」

恐縮そうな顔になってる。

自覚が、芽生えてるのかもしれない。

 

眼の前の羽田が――微笑ましい。

微笑ましいどころか――可愛い。

その可愛さで、胸がくすぐったくなって――、

あれっ――、

アタシ変だ。

思考回路が、変だ。

 

…軌道修正したくて、

「2年のふたりにも、ひとこと言っておく」

羽田のことは考えまい…と努めながら、

「まず、なぎさ」

「なんですか? 麻井さん」

「アンタは、突っ走りすぎて、男子ふたりを置いてけぼりにしないように」

「はい」

「それが、会長の務めだよ」

「承知しました」

「次に、クロ」

「……なんでしょうか」

クロの陰気な声。

こういう点も、直してほしいけど、

「ハッキリ言って、クロは影が薄すぎ」

「はい……」

「なぎさと並んで最高学年なんだから、もっともっと目立ってよね」

「了解です……」

「ほんとに了解してんの!?」

「ほんとのほんとです、先輩……」

ヘナヘナなクロ。

いささかの不安。

まあ――言いたいことは、言った。

 

 

× × ×

 

 

次は、あの空間に、【第2放送室】に、いつ行くべきだろうか。

 

自分の部屋の天井を見ながら、考える。

 

 

……ふと、思った。

羽田の顔を久々に見て勝手にドキドキしてたアタシだけれど、

当のアタシは……どんな顔だっただろうか。

 

笑えてた?

ぎこちなくなかった?

素直な感情を、顔で伝えられていた?

 

その自信は……まったくない。

 

 

ベッドから出て、姿見とにらめっこする。

いや、にらめっこしてはいけないんだ。

自然な顔を、姿見に映そうとする。

 

……やっぱり、なんか、ギスギスしてる。

そんなアタシの顔。

もっと柔らかくなりたい。

もっと優しさを、人に示したい。

 

そう。

もっと、もっと、人間らしさに溢れた顔に、アタシはなりたい。

感情豊かになりたい――それだけがアタシの願望。

攻撃的な態度で、自分も他人も傷つけていた、そんなアタシにおさらばしたい。

ネガティブな過去のアタシを振り払って、

ポジティブすぎるぐらいポジティブに、アタシを解き放ってみたい。

 

とりあえず――、

うまく笑える、練習をしよう。

 

 

羽田の前で、

じょうずに笑うことができたら、

アタシ、

思い残すことは――なんにもない。