第一志望学部の入試――、
を、終えて、帰ってきた。
流さんがいる。
「愛ちゃん。おかえり」
「ただいまです」
「きょうが、第一志望……だったよね」
「ハイそうです」
「とりあえず、お疲れさま」
「ありがとうございます!」
わたしは元気にハキハキと言う。
おそるおそる……といった感じで、流さんが、
「その……手応えは?」
と訊いてきた。
来たか~。
わたしは、
右手でVサインを作って、流さんに突き出す。
「バッチリです!」
――流さんは、ホッとした顔になって、
「きみは――やっぱり、すごいよ。」
ですよね??
× × ×
「試験の感触は、上々みたいだね」
夕食後、利比古の部屋で、利比古とくつろいでいる。
「でも、まだ入試は、残ってるんでしょ?」
「まだ、ね」
「まだまだ、がんばらないとね、お姉ちゃん」
「そうね。だけど、一度入試受けたら、入試の感覚に慣れた。だから、大丈夫だよ」
そう言って、熱いコーヒーをググッ、と飲む。
利比古が、
「夜にコーヒー飲んで、眠れなくなんないの」
「そんなことないよ。それにこれは、景気づけも兼ねて」
「タハハ…」
コーヒーで気を良くしたわたしは、
「ねーねー、利比古ー、お姉ちゃんとあそぼーよ」
「…? なにするつもり」
向かいの利比古をまっすぐ見て、
「腕相撲……しない?」
「ええ……」
「どうしてそこでうろたえんのよ」
「だって……」
「『だって……』じゃわかんないよ」
「……だって、お姉ちゃん、豪腕だし」
「……そんなふうに思ってたの……? わたしのこと」
「とつぜん悲しそうな顔にならないでよっ」
「――と、利比古だって、前より握力強くなってるでしょっ。わたしのワンサイドゲームにはならないって」
渋々、
「わかったよ。やってもいいよ。お手柔らかに」
右手と右手を組み合わせる。
わたしの「せーーのっ!」で試合開始。
抵抗する利比古。
懸命に食い下がる利比古。
そんな弟を――姉のわたしは、ねじ伏せる。
「――アツマさんにも、勝てそうだな」
弟はそんな感想を漏らすが、
「アツマくんには――勝てないよ」
「やる前から決めつけるなんて。らしくないよお姉ちゃん」
ふふふん♫ とわたしは笑って、
「利比古」
「なに?」
「あんたに、ハンドマッサージ、してあげる♫」
「な、なんで」
「なんでも、よ。…腕相撲も、痛かっただろうし」
「大丈夫だよ、ぼくは…」
「姉がせっかく『してあげる』って言ってるんだよ」
「……」
× × ×
「はいっ、だいぶ癒やされたでしょ♫」
「…ありがと。」
「素直な感謝がうれしい、はぁと」
「はぁと、って…」
「ハートマークの代わり」
「?」
もう1回、ほぐしてあげてもいいんだけど。
わたしは、おもむろに立ち上がって、
「――アツマくんの部屋行く」
「せわしないね、きょうは……」
部屋のドアに近づきながら、
「利比古ぉ」
「なに? こんどは」
「夜ふかししちゃダメよ」
「……そのことば、そっくりそのまま、お姉ちゃんに返すよ」
返されちゃった。
てへ。
× × ×
アツマくんのベッドの、真ん中へんに座っている。
「――ベッドに座るのが、定番化してきたな」
「定番化って。前からでしょ?」
「ん、そーともいう」
「適当ね」
脚をバタバタさせながら、わたしは、
「しっかり受けてきたよ――入試」
「そうみたいだな」
「――もっとわたしに関心持ってよ」
「なんじゃそりゃ」
「わたしの受験が気にならないの?」
「ならない――わけがない」
じゃあ、なんであさっての方向、向いてんのよ。
「冷たいわねぇ」
「……」
「バイト先でなんかあったの? 失敗して、こっぴどく叱られた、とか」
「んなわけない」
「なら、どうしてそんなつれない態度なのよっ」
「……」
「アツマくんっ!」
「おれは……」
「……?」
「おれは……、次に行きたいラーメン屋のことを考えていた」
……ことばも出ない。
しかし……ノーコメント、というわけにもいかず、とりあえず、
「どうしようもないわね、あなた」
と罵倒を開始する。
「どうしようもなくバカ。そのひとこと」
……『ご苦労さま』のひとことすらも、まだ、言ってくれてないじゃない。
『ご苦労さま』とか、『お疲れさま』とか、『よくがんばったな』とか、
いちばん言ってほしいのは……アツマくんなのに。
静寂と、沈黙。
ケンカするために、彼の部屋に来たわけじゃないのに。
落ち込みかけていると、
いきなり、
アツマくんが、勉強机の椅子から、ガバーッ! と立ち上がった。
ベッドに座るわたしの、左隣に腰かける。
腰かける位置が、いつもとは違う。
わたしの右肩に手をかけ、
自分のほうに、引き寄せるアツマくん。
彼の温かみを感じながらも、
「――遅いよ」
とグチるわたし。
「最初から、もっとひっついてほしかった」
彼はそっけなく、
「そんなに、おれのからだ、好きなのか?」
「…エッチ。スケベ。」
「スキあらばスキンシップ、だろ、おまえは」
「好きだから、スキンシップ」
「ぐいぐい来るよな」
「なにそれ」
ゆっくりやんわりと、身をほどき、
ベッドの上に正座する。
アツマくんと向かい合ったかと思うと、
こんどは自分から、彼のからだを抱き寄せていく。
「……寝るのは、ナシだぞ」
「なんでよ」
「受験生だろうが、おまえ」
「言ってることのピント、ずれすぎ」
「人間の3大欲求は――」
「そこまでっ!!」
「――」
「言って良いことと、悪いことがあるでしょ?」
「……たしかにな」
「年齢制限付きのブログなんて、本末転倒でしょ」
「……あのなあっ」
「わたしは、ただ……」
アツマくんの上半身に、ぐぐぐっ、と身を委ねていき、
「あなたに……『入試、ご苦労さま』って、そういうことを、言ってほしかっただけ」
彼の胸の中で、打ち明ける。
「そっか」
『やれやれ、しょうがねーなあ』という彼の気持ちが伝わってくる。
そして――結局、
「ご苦労ご苦労。よくがんばりましたで賞」
と、わたしを抱きとめながら、彼は言ってくれるのだ。
「…ありがとう」
胸の中で、むにゅむにゅとつぶやくわたし。
アツマくんは、
「まだ、受ける学部、あるんだろ。次は――明後日だっけか」
「よく知ってたわね」
「たまたまだよ」
「そんなこと言わないで。…怒っちゃうよ?」
「ぜんぜん怒る気配はないが」
たはっ、と笑って、胸の中に埋(うず)めていた顔を上げて、上目づかいでアツマくんを見る。
わたしは彼にこう言う。
「よくわかってるじゃないの……わたしのこと」
すると、彼は――ほっぺたを少し赤くして、わたしからちょっぴりと、眼をそらしてしまう。
――照れているのだ。