麻井先輩に告白された。
気持ちだけ受け取ってくれ、って。
しばらく会わない、って。
『ずるずる引きずっちゃうと、困らせてしまう』
そう、先輩は言っていたけれど、
ぼくのほうが、ずるずると引きずってしまいそうで。
あれから、
なにもかも、うわの空(そら)みたいな感じで、過ごしている。
年上の女子に『好き』って言われたのは、
もちろん初めてで。
それも、麻井先輩だったから――、
『好き』と告白された瞬間、
意識が遠のいていきそうだった。
× × ×
なにも手につかない土曜の朝だった。
朝食の味もわからなかった。
意味もなく、自分の部屋を歩き回ったり、まったく落ち着けなかった。
床に腰を下ろしたって、どうしようもなかった。
そもそも、なんで、ぼくを。
ぼくを。
麻井先輩……。
訊くすべも、なくって。
× × ×
気分を紛(まぎ)らせたくって、階下(した)に下りた。
そしたら、
姉とアツマさんが、楽しそうに口喧嘩しているのが、眼に留まった。
ふたりは……喧嘩していても、ほんとうに息が合っている。
――ふと思った。
ふたりは、いつから……こういう関係に、なったんだろうか?
× × ×
意を決して、姉の部屋のドアを叩いた。
「は~い。……あら、利比古」
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
「な~に~」
「ヒマそうだね……。
ヒマだったら……話を聴いてほしいんだ」
ベッドに座る姉と、床座りのぼく。
テーブルを挟んで、向かい合っている。
「――人生相談でも、したくなった?」
姉が訊いてきたが、
「そうじゃないんだ」
と言いつつ、ぼくは首を振る。
「あのさ……、
さっき、お姉ちゃん、アツマさんと、ケンカしてたよね」
あちゃー、という顔になって姉は、
「目撃、されちゃったかー」
「…楽しそうだった」
「エッ」
「…ケンカするほど仲がいい、の典型だと思った」
「利比古……」
「好きだから……あんなふうにケンカできるんでしょ」
「どうしてわかるの……利比古」
思わず、笑ってしまいそうになるぼくに、
「と、利比古ッ、あ、あんたわたしからかってるの」
「お姉ちゃん――素顔が出てるよ」
「すっ素顔ってなによ」
しょうがないなあ。
「そっ、そもそも、なんの話がしたくって、あんた――」
「そうだね、本題がまだだった。
からかいついで、みたいだけど――」
一瞬、緊張する姉に、
「お姉ちゃんは……アツマさんのことを、どうやって好きになったの?」
ことばを失ったみたいに動揺して、
ぼくのほかにだれもいないのに、キョロキョロとあたりを見回し、
やっぱり動揺して、
赤面する。
そんな、ぼくの姉。
「お姉ちゃん」
「……」
「頭から湯気が出そうだよ」
「……」
「恥ずかしくて――話せない、とか?」
ふるふるふる……とかぶりを振って、
「そんなんじゃないもん」
「なら、話してほしいな――ぼくは。
きょうだいなんだし…いいでしょ?」
× × ×
「――なるほど。
ダメになりそうなときが、何度かあって、
そのたびに――アツマさんが、助けてくれたんだね」
「……そう、
助けてくれるたびに、好きになって、どんどん」
「お姉ちゃんが本を読めなくなるなんて、重傷だもんね」
「……そんなわたしのそばに、アツマくん、寄り添ってくれた」
「ピアノで失敗するのも、相当なダメージだった」
「つらかった……。立ち直れなくなるかと思った。でもすぐに、アツマくんが、わたしのつらさを、受けとめてくれて」
「――アツマさんがいてくれて、よかったね」
「――頼りっきり」
「いいじゃんか」
「……そうね。
これからも……ずっと、頼っちゃうと思う」
感慨にふける姉に、
「ぼくも……アツマさんみたいに、なりたいな」
「え!? いきなりなに言い出すの」
「なんでそんなびっくりするかなー」
「衝撃的」
「だって、さ……あこがれちゃうよ、どうしても」
「……」
沈黙の姉。
しばらく――考えをめぐらせていたかと思えば、
「……あんたは、アツマくんを目指さなくっていいよ」
「理由は?」
「だれかの後追いしたって、しょうがないから」
「そっかなぁ」
「利比古は利比古、アツマくんはアツマくんでしょ?」
姉らしい、笑顔で、
「あんたには、あんたなりの、成長のしかたがあると思う」
「…説教じみてきたな」
「説教したくなっちゃうのよ、わたしお姉さんなんだもん…」
「…歳を重ねた、って証拠だね」
「なによ、その微妙なニュアンスを込めた言いかた」
「あんまり老け込まないでよ」
「日本語が上手じゃないわね……利比古」
「ごめん、ヘンなこと言っちゃった」
「高校卒業したてのホヤホヤなんですけど」
「わかってるよ。――18歳に、『老け込む』もなにもないよね」
「怒るよっ」
「怒らないで」
「ったく……なに言ってんのよっ」
「素顔で怒ってるね」
「……どーゆーことっ?」
「いまのお姉ちゃん……素(す)が出てる」
「それの……なにが悪いわけっ」
「悪くないって――むしろ、微笑ましい。もっと言うと、かわいい」
「……」
姉はこっちを向くことができずに、
「どうしてそんなにさりげなく『かわいい』とか言うのっ」
と、ツンツンした口調で言ってくるのだった。
ありがとう、お姉ちゃん。
怒らせちゃったけど――、
ぼく、気が紛れたよ。
ちょっと、気持ちが整った。
お姉ちゃんの――ツンデレみたいな気性(きしょう)のおかげだ。