【愛の◯◯】カンパイを待ち焦がれて

 

当然ながら、まだ大学は始まらない。

退屈。

 

――そうだ。

 

× × ×

 

「ヤッホー利比古」

「やっぱりお姉ちゃんか」

「ヤッホー」

「……いや、邸(いえ)のなかで『ヤッホー』もなにもないでしょ」

「入らせてよ、部屋」

「きょう、ヒマなの?」

こくん、と首を縦に振る。

「……ぼくと遊びたいの」

「遊びたい、というか……触れ合いたい」

「まったくもう」

「そんなこと言わないの」

「ごめんなさい」

「はい、素直。だれかさんとは大違い」

「アツマさんのこと?」

どうしてわかったの!?

「……」

 

× × ×

 

「ねえねえ利比古、きょうは『放送記念日』なんだって」

「『放送記念日』?」

「あら、知らなかったの? 意外。

 利比古は放送系のクラブ活動やってるんだし、おぼえておいたほうがいいよ」

「おぼえておいて……なにか役に立つかなあ」

「役に立つって、きっと。それに、あんたは『放送博士(はかせ)』を目指してるんでしょう?」

「『放送博士』!? お、お姉ちゃん、勝手にそんな設定作んないでよっ」

 

ふふ……。

 

「96年前のきょう、日本で初めてラジオが放送されたんだって。大正時代だよ。すごいよねぇ」

「もうじき、100年か…」

「…港区の愛宕山ってところに、NHK放送博物館があるんだって。

 放送記念日というのに、なぜかきょうは休館日みたいだけど、春休み中に行ってきたら?」

放送博物館か。面白そうだね」

「あんたが弟子入りした小泉さんは、きっと何回も行ってるんだと思う」

「弟子入りしたことになってるんだ……」

「したんでしょ? 利比古」

「……『弟子にしてください!』とか、言ったわけじゃないし」

「――小泉さんと行ってきたらいいじゃん、放送博物館

「彼女と……ふたりで!?」

「盛り上がって楽しいよ」

「……」

「気恥ずかしそうね」

「いきなり……小泉さんと……ふたりで……出かけるっていうのは……」

「じゃ、わたしと行く?」

「え、お姉ちゃんと」

「たまには、わたしとデートするのもいいでしょ」

「お姉ちゃんは……アツマさんとデートしてよ」

「すぐそんなこと言うんだから」

たしなめるわたし。

「アツマくんはアツマくんで忙しいのよ」

「たしかに……バイトに励(はげ)んでるんだよね」

「きょうは、帰り、遅いみたいだし……。

 今週は、デートはお預け、かな」

 

× × ×

 

夕方。

 

「お兄ちゃんから、なにか連絡ありました?」

居間でくつろぐあすかちゃんが訊いてきた。

「なにも」

「じゃあまだ労働中ですね」

「だね」

「帰りが遅そうですねえ」

 

なんでニヤけるの、あすかちゃん。

 

「お兄ちゃんの帰りが遅いと……おねーさんは寂(さみ)しいですよね」

「ど、どうかなーっ」

「なかなか帰ってこないから、待ち遠しい」

「……そんなに子どもじゃないもん、わたし」

「内心、待ち焦がれてるんでしょ」

 

もう……。

 

「もう……からかわないでよ」

「はい」

「からかわれると、くすぐったいよ」

「はい?」

「――こっちの話」

 

× × ×

 

「……でね、しりとりして、時間をつぶしてたんだけど、あすかちゃんがなかなかしぶとくて」

「どっちが、勝ったんだ?」

「どっちもお腹がすいたから、引き分け」

アツマくんは笑いながら、

「しょーがねーなぁ、いつもながら、おまえらは」

「いいのよ、楽しかったから、引き分けだって」

 

少し遅れて夕食を食べたアツマくん。

いまは、1対1で、ダイニングテーブルでわたしと向き合っている。

 

「――疲れてるでしょ?」

「夕飯で、少しは回復だ」

「タフねぇ」

「『タフネス』ということばは、おれのためにあるんだからな」

「大きく出たわね」

「あしたはシフト無しだし、完全回復、間違いなしだ」

「呆れちゃうぐらいの自信」

「なめるなよ」

「なめてない」

「ホントかぁ?」

「アツマくんっ!」

 

おもむろに、彼は冷蔵庫へ。

 

彼が取り出したのは、缶ビールだった。

 

「なによ……ほんとうは、お酒で疲れを癒やしたいんじゃないの」

「ま、疲労回復というより、ささやかなリフレッシュだ」

 

プシュッ、と缶を開ける。

 

「昼間、ホールスタッフで動きどおしだと……ビールも飲みたくなるってもんさ」

「いまいちわかんない」

「おまえは未成年だからな」

「あなただってハタチになったばっかりじゃない」

「ビールには、慣れた」

「早いって」

 

早いって、というわたしのツッコミに耳も貸さず、

缶ビールをグビッ、と飲むアツマくん。

 

「ぷはぁ」

 

わたしは頬杖をついて――彼がビールを味わっている様子を、じっと眺める。

 

「……待ち遠しいな」

そう、言ってみる。

「あなたといっしょにお酒が飲めるようになる日が、待ち遠しい……」

 

「ビールはダメだからな、愛」

「――わかってるわよ。炭酸、でしょ」

「ビールが飲めない体質ってのも、不幸だわな」

「とっくにあきらめてる」

「大人なんだな」

「割り切るわよ。いくつだと思ってるの」

「18歳。まだ、20歳未満」

「『20歳未満』を強調しないで」

「すまん」

「……そんなに素直なのは、ビール飲んだから?」

「さぁな」

 

ビールを飲み干したかと思うと、

あらたまったようになって、

 

「愛……おれも、おまえと酒が飲めるようになるのが、待ち遠しいよ」

「……本心?」

「バーカ。嘘なんか、言うもんか」

「そうだよね――。

 あなたがそう言ってくれて、うれしい」

「――だろ?」

 

彼が、飲んでいるのを、見るだけでも、飽きないけれど。

いつか、彼と、カンパイできる日を、

いまは、じーっと、待っている。