【愛の◯◯】愛が、髪を切った

 

ごま油を熱し、もやしを塩コショウで炒める。

そこに豚コマ肉をどーんとぶち込み、

おれが開発した特製ダレで、味をととのえる。

特製ダレの中身は、秘密だ。

お料理は、べつに愛の専売特許というわけでもない。

おれだって、味付けぐらい、工夫する。

アツマくんクッキング。

繰り返すが、特製ダレの正体は、秘密。

 

で――炒めあがったものを、皿にデーンと盛り付け、

これをオカズにして、ご飯をガツガツとかき込む。

 

愛には、『手抜きね』とか言われてしまう可能性もあるが――、

これがおれの料理。

これがおれの、流儀――。

 

まあ、もっと、手のこんだメニューだって、作れないことはないけど。

ほんとだよ。

信じて。

 

× × ×

 

昼飯を食ったあとの、ウーロン茶がうまい。

食器を片して、ひと段落。

 

さて、

午後からなにすっか……と考え始めていたら、

玄関ドアが開いて、だれかがリビングに入ってくる気配がした。

 

愛だな。

どこに行ってきたんだっけ。

 

 

――姿を現した愛を、おれは見た。

「おかえり。――って、おまえ、」

 

おれは異変に気付いた。

 

愛が、変わっている。

愛の、外見が、変わっている。

外見の、どこかというと――、

ズバリ、だ。

 

「お、おまえ、髪、切っちまったのか」

 

もっとも、ショートカット、というわけでは全然ない。

背中に少しかかるぐらいまでの、ロングストレート。

 

こいつは、いままでの長髪が、長すぎた。

制服のスカートまで伸ばしていたんだもんなあ。

ま、まー、それはそれで、愛という人間の魅力を形作っていた、とも言えるんだが……。

 

愛の栗色がかった鮮やかな髪も、短くしたことで、さっぱりとした印象になった。

 

 

「……サナさんの美容室で切ってもらったんか」

「『アリア』ね。いい加減、店名おぼえて」

「……」

「もともと、大学通う前に、切っておくつもりだったから」

「そっか……。あすかより、少し長いぐらいの長さに、なっちゃったかー」

「超ロングのほうがよかった?」

「いや別に……スッキリしてるし、いいと思う」

「そうね。スッキリで、サッパリ、だった」

「爽やかだ」

ホント!? ウソじゃないよね!?

 

うれしそうだな……。

 

 

× × ×

 

戸部邸メンバー、愛の髪のことで、ひとしきり盛り上がっていたんだが、

時間は、夜まで飛ぶ。

 

「――はぁ。夕食もおまえの髪のことでもちきりだったな」

「伸ばし続けてたしね」

 

おれがベッドに座り、テーブルを挟んで真向かいに愛が腰を落ち着けている。

 

「で――あらためて、どんな印象? わたしの短くした髪」

 

まだ訊いて来やがるかっ。

 

おれは答えた、

「大学生っぽいというか、なんというか、だ」

「漠然ね」

「まだ、おまえの新しい髪の長さを、見慣れてないし……」

そう言うと愛は、

「――少しは、大学生らしく、なったかな?」

「おまえが?」

「そうよ」

「や、大学生らしい、ってなんだ。おまえの口ぶりのほうが、漠然としすぎている」

例によっておれのツッコミを華麗に無視して、

「4月も近づいてきたな~、楽しみ、大学。

 キャンパスライフ、ってやつ?」

「ほんとうに楽しみって顔だな」

「高等部までとは違うのよ。こんどは共学なのよ」

「そこかいな」

「男の子といっしょに勉強するの、小学校以来!」

 

あー。

 

「男女共学がうれしすぎて、羽目を外さないようにな」

「なに、その微妙なニュアンスのことば」

「……別に?」

「もぉ~、言って後悔した、って顔になんないでよ~」

「……、

 サークル!

 サークルは? 入るんか? なんか」

「サークルも、楽しみよね」

「やっぱ、文芸サークル的な? おまえ、文芸部の部長やってたんだし」

「んー。そっちの方面は、ぶっちゃけると、あんまり気が進まない」

「なんで」

「もっと新しい分野を、開拓してみたいの」

「…たとえば」

 

すると、含みを込めた笑い顔になって、

 

「それは…お楽しみよ」

「ずるいぞ」

「ズルなんかしてないもん。

 想像してよ。わたしがどんなサークルにいるか」

「――目星、つけてんの?」

「――ぜんぜん?」

「お、おい、フェイントくさいな」

「出たとこ勝負、って感じかな」

「いまいちわからんだろ、それじゃあ」

「サークルはたくさんあるからね」

「変なことに巻き込まれんなよ」

「たとえばぁ?」

「そば屋の2階に連れて行かれて――宗教勧誘、とか」

「それ、早稲田大学のことでしょ」

「そうとも……いうが」

「まぁ、いろんなダークな情報は、あるわよね。でもわたし、そんなのには絶対ひっかかんない」

「確信あるってか」

わたし、かしこいし☆

 

はーっ……。

たまんねーなあ……。

 

× × ×

 

ベッドに座り続けるおれは、

「おまえの勢いに圧倒されたのか、若干眠くなってきた」

「えっ、寝ないでほしい」

「なぜに」

「夜は、長いの」

「…つったって、あしたおれ、バイトあるし」

「知ってるから」

「なら早めに寝かせろ」

えぇぇ~~~~~っ

 

心底、不満そうに、テーブルに身を乗り出しながら、

「夜ふかししてよぉ、アツマくん」

「あのなあ!」

「わたしの、新ヘアスタイル記念で、夜ふかし」

「こじつけやがって」

 

『わたしをもっと見て』、とか言ってきそうだ。

髪を切っても、こいつは普遍の不変の性格ブスだ。

 

ま、

そうはいっても。

なんだかんだで――こいつとこうやってやり取りするのは、充実な時間だと、おれは思っている。

 

愛は、かわいくないところもあるけど、かわいいのだ。

 

冗談めかして、

「やれやれ……性格も美人になってくれたら、言うことなしなのに」

「どーゆーいみっ」

「ただのボヤきだよ」

怪訝な眼で、愛は、

「それで……夜ふかししてくれるの? くれないの?」

「――してやるよ。おまえにつきあう」

 

一気に、愛の眼が輝き始めて、

やったー!!

「限度は、守れよ。夜通し起きてる、とかはナシな」

「あなたの睡眠時間は確保してあげるよ」

「あるんじゃねぇか……気くばり、ってもんが」

「そりゃそうよ」

「で――いったい、なにをするってんだ?」

オトナっぽいこと……

「じっ、自重しろや」

「うん、じょうだん」

「世話、焼けんなあ……」

「でもさ、」

「?」

「そろそろ……じゃない?」

「すっスケベなっ」

「わたし、『そろそろ』としか、言ってないんだけど」

あー、言ってねーよな! たしかにな!!

「そっぽ向かないでよぉ」

「バカヤロ…」

「アツマくん」

「あぁ!?」

「ベッド」

「ベッドが…どうした」

「どうしたのかしらね~」

みだらなっ

「あ~、ひどい~っ」