1月22日。
誕生日の朝である。
が、少し――寝坊しちまったみたいだ。
ベッドのぬくもりが心地いい。
それでも、いい加減起きようかな……と思い始めていた。
ところが、ベッド付近に、だれかがいる気配がする。
おれの部屋に勝手に入って、ベッドにひっついている。
こんなことをするやつは――、
「…愛か」
身を起こしたら、やっぱり愛がぺたーん、とベッドの掛け布団にひっついていた。
「なにしてんだ」
「決まってるでしょ。スキンシップよ。アツマくんが起きてこないのが悪いのよ」
「普通に起こせばいいだろ」
「だって――普通にからだ揺すったりするのも、味気ないと思って」
「なんで?」
「それは、あなたの誕生日だからよ」
やれやれ……。
「あすかや利比古は?」
「もうとっくに出たわよ」
「そっか、大寝坊(おおねぼう)だな」
「ほんとにもう」
布団に突っ伏したまま、
「ねえ、アツマくん……」
「なんだあ」
「……おめでとう、誕生日。ハッピーバースデー」
「そんな体勢で言われてもなあ」
「うん……わかってる」
ゆっくりと顔を上げて、おれに微笑む愛。
「もう一度言うね。誕生日、おめでとう」
「――ありがとう。」
× × ×
ハタチ、か。
ハタチになったんだな、おれ。
ダイニングテーブルに、あすかと利比古、ふたりのメッセージ。
『お誕生日おめでとう、朝寝坊のお兄ちゃん』
『ハッピーバースデーです、アツマさん』
帰ってきたら、祝福してくれるだろう。
朝飯を食べる。
愛が向かい合って、楽しそうにおれが朝飯を食うのを眺めている。
× × ×
それからも、愛はおれに寄り添い続けて、
いまも、ソファのすぐとなりで、密着するように座っている。
「アツマくんもハタチか~」
「そのようだ」
「…ごめんね、せっかくのハタチの誕生日なのに、なんにも用意してなくて。CDとか、本とか、プレゼントできればよかったんだけど」
「いいんだよ。受験勉強で、そんなヒマないだろ」
「…ピアノで、一曲、弾いてあげようか?」
「無理しなくてもいいんだよ」
「一曲弾くことぐらい……どうってことないわよ」
「たしかにな」
「リクエストは?」
「まーまー、そんなに急(せ)かすなよ」
ハタチらしく、大人に、
「おれはなんの曲弾いてくれたっていいんだよ」
と言って、それから、
「ピアノの前に……もうちょっと、こうしていたい」
と、寄り添う愛に、語りかけるように言う。
「そんなに、そばにいてほしいの」
「おまえだって気持ちは同じだろ」
「同じだけど……」
「こういう時間が大切なんだよ。なんにもしなくても、ただいっしょにいる」
「……わかった。」
「わかってくれるか」
黙って愛はさらに身を寄せる。
長い髪が、おれの右肩に触れる。
× × ×
グランドピアノで演奏を終えた愛に、拍手を贈る。
「やっぱおまえはすごいよ」
「――でしょ?」
「――で、曲名はなんだったっけ」
「あのねぇ」
『あら、ふたりともこんなとこにいたの』
母さんだ。
「朝早くから、リサイタル?」
「朝早く、って……もう9時半過ぎてるぜ、母さん」
「あらやだ」
「さっき起きたんだな」
「アツマするどい」
「だらしがない……」
「あなたが言えたタチじゃないでしょっ、アツマくん」
愛のツッコミが、ズボーンと図星である。
それはともかく、
「母さん、きょうはなんの日か、わかるよな?」
「ひっどーい、そこまで寝ぼけてるように見えるー?」
そう言って母さんは反発するが、まったく怒っていない。
「息子の誕生日を忘れるわけないじゃない」
「――当たり前か」
「当たり前よ、アツマ。
あのね、アツマ、あなたきょうで20歳でしょ。
……さっき、起きてから、『あのひと』とちょっと話してたの。
話してた、といっても、もちろんこころのなかで――だけどね。
『アツマが無事20歳になりました』って、
あのひとに、報告できた――。
それが、なにより、わたしは嬉しい」
『あのひと』とは、
もちろん、天国の父さんのことだ。
自然と、しんみり状態になってしまう、おれと愛。
「しめっぽくさせちゃったみたいで……ごめんね」
「母さん」
「ん?」
「いいんだよ、謝んなくっても。
おれからも、父さんにあとで話しておくよ」
「アツマ――」
「それから……。
ありがとな、母さん、いつも」
「――ありがとうの気持ちは、顔を見て伝えるものよ」
……しばし沈黙のあとで、愛が、
「顔、上げようよ。アツマくん」
「わかってる……」
「早くしないと、『明日美子パワー』が出ちゃうよ」
「……そうだよな」
愛が言うように、『明日美子パワー』発動はこわいので、ようやくおれは顔を上げる。
そして、母さんの顔を見すえる。
「ごめん、母さん」
「よしよし、いい顔だ」
「…ありがと」
「決して二枚目じゃないけど」
「…余計な」
「でも、いい顔してることには、変わりないから」
「ホントにホメてんのか……? 母さん」
「ホメてるよ」
「……だよな。」
「それと」
「んっ?」
「――お誕生日記念の、『明日美子パワー』」
「!? なんだよ、怒ってんのか!? 怒ってんならはっきり言ってくれ」
母さんはキョト~ン、として、
「怒ってるわけ、ないじゃない」
「じゃあどうして『明日美子パワー』を……」
「アツマに元気を注入したかったのよ」
「それが、『明日美子パワー』ってか??」
「『明日美子パワー』にもいろいろあるのよ~♫」
「……ずいぶん便利なんだな、『明日美子パワー』」