【愛の◯◯】ひょっこり母さんの「飲みましょ?」

 

さーて。

いよいよ明日(あす)が愛の誕生日なわけなのだ。

 

誕生日祝いプラスアルファの「プラスアルファ」は、いったん脇に置くとして。

 

バースデーパーティーの「食事係」を任されたんですね。

 

もちろん、大人数で行うパーティーだから、邸(いえ)のみんながお食事作りを手伝ってくれる。

でもね、メニューを考えるのは、おれに任されたわけなんですよ。

 

長年、愛に厳しく指導してもらったおかげで、おれのお料理スキルもめきめきと向上している、はずなんだが。

5年前よりも、レパートリーが15倍ぐらいに増えた、はずなんだが。

 

当然、愛と比較したら、「まだまだだね」なわけで。

 

お料理漫画版の越前リョーマくんに「まだまだだね」と言われないようなクオリティのものを、作らねば。

そして明日(あす)の「本番」に向けて、クオリティの下地(したじ)になるようなメニューを、練り上げなければ。

 

× × ×

 

居間のテーブルの前に座って、メニューを練っていた。

 

顔を上げ、壁時計を見る。

 

……もうこんな時間かよ。

マズいぞ。

 

ふたたび卓上(たくじょう)のルーズリーフとニラメッコしかけていると、

 

『ここに居たのね、アツマ』

 

と、ひょっこりと母さんが、おれの眼の前に。

まさに神出鬼没。

 

「なんか用か? おれ、パーティーのメニューを考えるので忙しくて――」

「――いったん、手を置かない?」

「はあ?? 焦ってんだけど、おれ…」

「ひと息つくのよ」

「ひと息って」

「ダイニングに来てよ」

「ダイニング……?」

 

――飲みましょ? わたしと流(ながる)くんと3人で」

 

……唖然呆然。

 

× × ×

 

「おっ、来たなアツマ」

「渋々だよ、流さん。母さんの口ぶり、『明日美子パワー』っぽかったから」

「それは仕方がないな」

 

「ひとりで格闘してたってどうしようもないわよ、アツマ。飲んで気分転換したら、メニューも自然と浮かんでくるわ」

「また母さんは、根拠の希薄なことばっかり……」

 

微笑(わら)って母さんは、おれの前に缶ビールを差し出してくる。

受け取らざるを得ないおれ。

 

ダイニングの椅子に座り、ビールを開栓する。

そしたらば流さんが、

「明日美子さんにもっと頼ってみたらいいじゃないか。この邸(いえ)でいちばん料理が上手いんだから」

 

…わかってるけど、さ。

 

「自分で考えなきゃダメだと思うんだ」

 

「おっ? それは、愛ちゃんの誕生日祝いであることから生まれる責任感か?? アツマ」

 

流さん…相当飲んでるんか?

いつもよりテンション高めだぜよ。

 

「――はりきってるのよね」

ニコニコニコニコと母さんが言う。

「それだけ愛ちゃん想いなのは、いいことよ」

 

母さんの周りには、10本近い空き缶。

 

この邸(いえ)でいちばん料理が上手く酒の強い母さんが、

「ねーねーアツマ、あなたの手、揉んであげようか」

「は!?」

「あーら、のけぞらなくたってぇ」

「も…もまれてたまるか」

「どーしてよぉ」

 

くっ……。

 

「手とか腕とかのマッサージは……間に合ってるから」

 

「お」と流さん。

「おおぉ」と母さん……。

 

「――愛ちゃんが好きになってくれて良かったわね~、アツマ♫」

 

るせえよ、母さんッ。

 

…。

マッサージに関しては…母さんより愛のほうが、1枚上手(うわて)な気がしてる。

根拠は無いが。