いよいよ、わたしとアツマくんの「新居(しんきょ)」に行く日になった。
玄関近くの場所で、わたしとアツマくんは、お邸(やしき)に残る4人と向き合っている。
「仲良く暮らすんだよ。ふたりとも」
流(ながる)さんがそう言った。
ハイ。もちろん。
「お姉ちゃん、アツマさんを困らせないようにね」
そう言ったのは利比古。
わかってるわよ。
「それぐらいわかってるわよ、利比古♫」
弟はなぜか照れくさそうに、
「まあ……お姉ちゃんもコンディションの上下があると思うんだけど……できるだけ元気に、できるだけ迷惑をかけないように」
「利比古ぉ」
割って入ってきたのは、アツマくん。
「な、なんですか、アツマさん」
隣のわたしを指差しながら、
「大目に見るからさ、こいつがちょっとぐらいおれに迷惑かけたって」
ちょっとちょっとアツマくん。
「どーして上から目線っぽいこと言うのよ、アツマくん」
「べつに?」
「わたしの頭を指差してこないでっ」
「悪いか?」
「そんなこともわからないわけ!? お子様ね」
アツマくんを睨みつけてしまう。
しかし、明日美子さんが、
「痴話喧嘩するのが早すぎるわよー、ふたりとも」
とピシャリ。
「夫婦喧嘩は、あっちのマンションに行ってから」
……はい。そうします。
「アツマ」
自分の息子の名前を呼ぶ明日美子さん。
「なんだ、母さん」
「今日の『明日美子パワー』」
「は!?」
「週に1度は、この邸(いえ)に帰ってくること」
「……わかってるから」
「いわば、プチ帰省ね」
プチ帰省、かぁ。
なんだか、可愛い語感。
あすかちゃんが、アツマくんの真正面に立つ。
「なんだよ、あすか?? 言いたいことでもあるんか」
妹を下目づかいに見て訊くアツマくん。
「言いたいことなんか無いよ」
「え」
「わたしはね」
「……?」
「わたしは、ただ、こうしたいだけ」
そう言うやいなや。
あすかちゃんは、アツマくんを、全力で抱擁(ほうよう)。
「ど、どうしたっ!? なんでおれのカラダに……!!」
兄のカラダを全力で包んでいきながら、
「いいじゃん。しばらく会えなくなるんだし」
とあすかちゃん。
「か、母さんが、『明日美子パワー』出してるから。週に1回は、帰ってくるんだから……」
「それでも、寂(さみ)しくはなるから」
あすかちゃんはくっついて離れない。
「こんな甘えかたするとか、おまえホントに大学生なんかよ!?」
胸に顔を埋(うず)め、
「バカだねえ、お兄ちゃんも」
「ど、どっちがバカだっ」
「こんなときに年齢とか関係ないよ」
たしかに。
あすかちゃんの言う通り。
兄妹のあいだの親愛(しんあい)に、年齢なんか関係ない。
× × ×
わたしが通う大学の近くのマンションが「新居」だ。
わたしとアツマくんのふたりは、部屋に入ってから、とりあえずフローリングの床にぺたん、と腰を下ろす。
「『あすかちゃんロス』がもう出てきてるんじゃないの? アツマくん」
イタズラっぽく言うわたし。
「なんじゃいそりゃ」
「妹ロスよ、妹ロス。離れ離れになっちゃって」
「そんなのは、無(ね)ぇよ」
ホントかな。
「ホントかな」
わたしはそう言って、イタズラな微笑(びしょう)を作ってみる。
彼はかなりドギマギして、
「あ、あのさあ……。いま、昼時(ひるどき)だけど、メシとかどーするよ」
そうねえ。
「そうねえ。どうしようかしら」
「出前とるか?」
「んーっ」
わたしはコトバの溜(た)めを少し作って、
「作ってもいいかも」
「しょ、しょっぱなから自炊ってか」
「わたしが作ってあげるわよ?」
「……手伝いたいけど。おまえだけにやらせるんじゃなくて」
「ダメ」
「お、おい」
「――って言ったら、どうする??」
「ぬな」
「いいわよ、手伝ってちょーだい。
手伝う気があるって、とってもいいことだわ。アツマくん」
共同作業。
そう、共同作業。
それが、基本よね――ふたり暮らしの家事って。