「アツマくん、きょうは短縮版じゃないわよ」
「あ、そう」
「2000字は、超えていきたいわね」
「あ、そう」
「……適当に相づち打たないでよ」
「おれは具体的になにをどうがんばればいいの」
「庭の草むしりでもしてたら?」
「こんな寒いときに……ずいぶんひどい扱いだな」
「アツマくんが草むしりしてるあいだに、2000字なんて余裕で超えるわ」
「考えさせてくれないか」
「なんでよ。この時期ヒマなんでしょ」
「じっくり考えたやつが優勝するんだ」
「……なにに優勝するっていうの」
「もう。もっとしっかりしてよね。きょうはお客さんが来るんだから」
「エッ。おれ聞いてないぞ」
「言わなかったっけ?」
「言わなかっただろおまえ」
「ま、いいや」
「だれが来るんだ」
「しぐれちゃん」
「しぐれちゃん、?」
「甲斐田しぐれちゃんよ。利比古の高校の先輩。放送部の部長やってた子」
「あー! あの子か」
「会ったことあるでしょ!? 一瞬忘れたようなリアクションするから『まさか……』と思っちゃったじゃないの」
「すまない」
「反省して」
「はい」
「反省ついでに草むしりして」
「やだ」
「めんどくさがりやっ!!」
「めんどくさがりやで悪かったな」
「まったく…」
「――でも、彼女は、なんでこのタイミングで、この邸(いえ)に?」
「いろいろあるのよ。草むしりをやり遂げたら、あなたにもわかると思うわ」
「どうしてもおれに草むしりをさせたいんだな」
「……どうしよう。草むしりにこだわりすぎたかも」
「おい!! そこでちゃぶ台をひっくり返すな」
「てへっ☆」
「なにがしたいんだおまえ」
「わたしはただ、しぐれちゃんをもてなしたいだけよ」
「そういう意味じゃなくってなぁ……」
× × ×
しぐれちゃんは昼からやって来た。
「……アツマさんが通りがかるのが見えたけど……ムスッとしてなかった?」
「午前中にわたしがイジめすぎちゃったの。ごめんね、って謝ったんだけど、まだ不機嫌みたいで」
「いったいどんなふうなイジめかたしたの……」
「いつものことよ」
「いつものことって」
「夕方になれば機嫌よくなるんだから」
「……わかるんだ」
「機嫌がよくなった夕方のアツマくんに乞(こ)うご期待」
「期待していいのね?」
「いいよ」
「わかった。楽しみ」
「――初めて来たけど、ほんとうに広いお邸(やしき)だね」
「みんなそう言うのよ」
「麻井は――もう2回もお泊まりしてるのか」
「家出のときと、合宿のとき」
「ウチの麻井がご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「またまた~、家族みたいに」
「いまは――私が、麻井に迷惑かけてるんだけどね」
「?」
「私、麻井に甘えちゃってるの」
「どうして?」
「話せば長くなるんだけど……」
「……いいじゃん、長くても。どれだけ長くなっても、わたし、聴いてあげるから」
「ありがとう……愛さん」
「だって……話したいことがあるから、わざわざここに来たんでしょ」
「うん、愛さんなら、受け止めてくれると思って」
「抱えてるのね、なにか」
「さすがにわかっちゃうか」
「きのうの電話の時点で、ね。つらそうだったもん」
「いろんな人に……倚(よ)りかかっちゃってるな、私」
「それだけつらい、って証拠でしょ」
「うん」
「話してよ。話したら、こころも軽くなっていくと思うよ」
× × ×
「……そっか。」
想像以上に、シリアスだった。
わたしは共通試験は受けなかったけど、受験生という立場は同じなので、とても他人事(ひとごと)ではない。
「あのね、」
彼女は弱々しい声で、
「なかなか……親に、言い出せなくて。
それでも、言わないでおくことはできないから、言ったんだけどね。
『結果がすべてじゃないぞ』が、お父さんの口癖だったんだけど……予想以上に、ショック受けてるみたいで、私になんて言っていいか、わかんないみたいで。
お母さんも、すごく心配してて――私、お母さんの心配顔を見たら、胸が締め付けられるみたいになって――だって、あんなに普段優しく接してくれてるお母さんだから、余計に――」
彼女の眼が、潤(うる)んできている。
大人びた顔に――悲しそうな眼は、似合わない。
「――家に、帰りづらかったりする?」
コクン、とうなずいて、
「本音は、そう。でも、帰らないわけにはいかないから」
そう言って、強がるけど、
しぐれちゃんを――このままにしておけない。
しぐれちゃんをこのままで帰したくない。
少しでも、立ち直らせたい。
そのために、わたしができることは。
「――お菓子、作ってみようか」
「お菓子……?」
「わたしお菓子作りが趣味なの」
「うん……」
「で、いまから作ってみようと思うんだけど」
「……うん」
「しぐれちゃんも手伝ってよ」
「え……私も!?」
「ぜんぶ、教えてあげるから」
「どうして、お菓子作りなんて、いきなり……。お母さんが作ってるところは見たことあるけど、私、正直料理は苦手――」
「教えてあげるって言ってるでしょ♫」
「でも――」
「もうっ、しょうがないんだからっ♫」
ダメよ。
ダメよ、しぐれちゃん。
わたしだって、このままのしぐれちゃんを送り出すわけには、いかないの。
「気が紛れるから。絶対、元気になる」
「――元気に――」
「そ。約束するから」
立ち上がり、しぐれちゃんのソファに近づいて、
『ね?』と、約束スマイルで彼女を促(うなが)す。
「エプロンが、しぐれちゃんには少し小さいのだけは、勘弁して」
背丈が高い人用のエプロン、作らなきゃ。
今度しぐれちゃんが来るときまでに、作っておこう。
これも――約束、だな。
× × ×
そして夕方になった。
ソファにしぐれちゃんと隣同士で、タブレット端末で、これまでに作ったお菓子の写真を見ている。
「――いろいろ作れるんだね、愛さんは」
「まあね。いろいろ勉強したから」
「愛さんといると――魔法にかけられたみたい」
「魔法?」
「そう、いっぱい魔法を持ってるんじゃないかって」
「魔法なんてないよ」
「そっかなあ」
「ないない」
「私は魔法を信じるなあ」
「どうして?」
「元気になる魔法……かけてくれたじゃないの」
そんなやり取りをしているところに、ひょっこりとアツマくんがやって来た。
「楽しそうだな、いいことだ」
「アツマくんの機嫌もすっかり元通りで、いいことね」
「ん……昼間不機嫌すぎたか。すまんかったな」
「謝らなくてもいいのよ。わたしがイジめたんだから」
「――おまえがイジめてくれたおかげで、草むしりがずいぶんはかどったよ」
「えっ、ほんとにやったの!? 草むしり」
「いい運動になった。庭もきれいになって、一石二鳥だ」
「ね。――アツマくんって、面白いでしょ?」
しぐれちゃんに笑いかけながらわたしは言う。
「なんだよそれ……」
仏頂面のアツマくん。
「アツマさん、」
笑顔で尋ねるしぐれちゃん。
「アツマさんも――魔法が使えるんじゃないですか?」
「ど、どゆこと!?」
キョドるアツマくんに、
「愛さんが魔法使えるんだったら、アツマさんだって使えるはず」
「話が見えない」
「しぐれちゃんも面白いこと言うね~~」
「だから、魔法って、なに……」
戸惑いっぱなしのアツマくん。
放っておこう。
面白いったら、ありゃしない。